「国師様…ッ!!」
ベッドから飛び出したウィトネスは、遠慮なくルーヴィンの胸に飛び込んだ。
「遅くなってしまい、申し訳御座いませんでした。」
彼は当然の様にそれを受け入れ、優しく、けれど力強く抱き締めた。
「お辛かったですね。でも大丈夫です、もう大丈夫だ。」
涙でぐしゃぐしゃに濡れたウィトネスの頬を、さも愛おしそうに撫でるルーヴィン。
「今、楽にしてやる。忘れさせてやるから。」
静かに囁く彼とは対照的に、彼女は強く言葉を紡ぐ。
「ちが、違うんです…!そうじゃ、ないの…。」
ルーヴィンは眉間に皺を寄せ訝しげな表情を作る。
「何が違うんです?抗わない方が良い。」
「止めて。今日は、止めて。」
ウィトネスは尚も泣きじゃくっている。
━━ああ。やはり、逆らえないのかもしれない。抗おうとしているのは、寧ろ…私の方だ。
ルーヴィンはウィトネスに見られまいと彼女の柔らかい亜麻色の髪に顔を埋め、悲しみに目を閉じた。
しばらくそのままでいたが、ウィトネスの涙は止まる気配がない。
「記憶を消さないで。お願い、国師様。」
「それは出来兼ねます。違約故、御容赦を。」
「国師様!お願いします、お願い…。」
語尾は嗚咽に掻き消されてしまった。
「何をそんなに、忘れたくないのです?」
そう問いかけるルーヴィンは、返答は既に予想していた。
「分かりません。分からないけれど、忘れてはならないと心が訴えているのです。」
━━天命を変える手立てがもしもあるのならば、私は何にでもなってやる。
ルーヴィンの心に密か闇が芽吹いたのは、この瞬間だった。
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