「ギルバートだ。」
「そう。ギル、大丈夫?」
冷酷な印象しかないリュユージュからの意外な言葉に、ギルバートは目を丸くする。
「これから、もっと酷い光景を見る事になるかもしれないよ。」
「覚悟の上さ。どこに行くんだ?」
「君はこの辺りの出身じゃないの?てっきり、僕より詳しいのかと思ってた。」
「いや、違う。俺は…。ええと…あの町には最近、居着いただけだ。」
ギルバートは出身地を公言する事を躊躇ったが、リュユージュはそれを気に留める様子もなく話しを続けた。
「山麓の暗黒街に向かう。」
「ああ、噂で聞いた事はある。不定期で市場が立つって。」
「そこの奴隷市場の調査が、僕の今回の任務なんだ。」
奴隷、というその単語に、ギルバートは身を固くした。
だがやはり、リュユージュがそれを気にする気配は全くない。
「僕の夜襲から真っ先に逃げ果せた幹部連中は、恐らく君の恋人を売るだろうね。若い女なら、足代と暫くの宿代くらいにはなる。」
剣の血と脂を拭き終えると、リュユージュは油を取り出した。
「それ、何なんだ?」
「錆止めの油だよ。」
「へえ、剣に油を塗るのか。」
ギルバートは興味深そうに、身を乗り出してリュユージュの手元を凝視する。
「相棒とかって言うもんな、大事にしてんだな。」
リュユージュは再び顔を上げ、言った。
「別に、労いの意味で手入れをしているんじゃない。金属にとって錆は大敵なんだ。」
彼は視線を自分の剣に戻すと、極めて慣れた手付きで薄く油を引き始める。
「次に使う時、錆びてて斬れなかったら困るでしょう?」
リュユージュが剣を手に立ち上がると、刀身は朝日を受けて瞬間的にぎらりと輝く。
彼はそれを円滑に鞘に収めた。
どうしてもかなり小柄な体躯に意識を奪われがちの為その存在感は薄いが、リュユージュの背筋は相当なものだった。上腕部の筋肉も、身長とは不釣り合いな程に立派だ。
鍛え上げてもいるのだろうが、剣を振るううちに自然と身に付いたのだろう。
この様な肉体でなければ軽々と片手剣は扱えない事実に、ギルバートは驚愕していた。
当のリュユージュはギルバートが自分を凝視している理由など意にも介せず、血と埃に汚れた衣服に致し方なく再び袖を通した。
-108-
[←] | [→]
しおりを挟む
目次 表紙
W.A