男は何度も何度も躓きながらも、リュユージュの背中を追って木々の間を必死で走った。

彼を見失ったら、自分にも恋人にもきっと明日は無い。






男の心臓は破れそうだった。

それは、リュユージュが四方八方から襲い来る山賊を僅かな一寸の躊躇いもなく斬り伏せ、瞬く間に殲滅させた情景が繰り広げられたからではなく。

名も知らぬ女の末期の願意に憐憫の情を抱き、律儀にも聞き届けた瞬間を目前に見せられたからだ。






何も考えまい、と、ただただ走った。









ふと、リュユージュが速度を落とした。

彼は立ち止まり耳を澄ませている。

「水だ。少し休憩にしよう。」

そう言うと道を逸れ、脇へと歩を運んだ。

直ぐ、男の耳にも小川の水声が聞こえて来た。と同時に、自分が酷く渇いていた事に初めて気が付いた。

清んだ水を両手ですくう。その冷たさが心地良かった。

胃液や涙痕を、綺麗に流した。

リュユージュも一口水を飲み、傍らに腰を下ろした。

次第に朝日が顔を出し始める。

「全身が血塗れだ。」

そう言うが早いか、彼は上半身の衣服を脱ぎ捨て頭を水に突っ込んで髪と顔を洗った。見る間に小川は丹く染まって行った。

蜂蜜色の髪を取り戻すと、次にリュユージュは手近な石に腰を下ろして剣の手入れを始めた。

仄明るい光に包まれ、鈍い輝きを放つ刀身。

血液や脂肪を懐紙で丁寧に拭き取っている様を、膝を抱えて木の根元に座っている男が見据えていた。

その視線に気付いたのか、リュユージュは作業の途中で手を止めた。

「そういえば、君の名前は?」

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