ドラクールの中には、バレンティナ公国に対して負の心象が強く残された。
これを暗愚と詰る事は簡単だろう。
経験も知識もない彼が、短絡的で偏向的なのは仕方のない事である。
「ところで、事は済んだのか?」
ドラクールは無言で頷く。
「そうか。では、俺は戻る。」
彼が躊躇いがちに口を開こうとした時、もうカーミラの姿はなかった。
言いかけた言葉の代わりに、その口からは少しの溜息が漏れた。
床に残された己の衣服を手に取る。まだ温かい。
しばらくの間、彼はその温もりを離せずにいた。
一人取り残され、落ち着かなかった。
だが、狭い部屋に気を紛らわせられる様な娯楽がある筈もない。
消化しきれない感情を抱えたまま、ベッドに体を横たえる。当然、眠る為ではない。
その双眼は何を捉えるでもなく、ただぼんやりと見飽きた天井を眺めていた。
改めて彼は願った。
自由が欲しい、と。
真実を、現実を、世界を、社会を、知る為に。
更には、己を。
自分は何故、此の地に居るのか。
自分は何故、在世しているのか。
自分は何故、生命を受けたのか。
自分は何故、異能を有するのか。
自分は何故、
独りなのか。
彼は、これらの事由を欲していた。
捨て置いていた筈の、価値や意義を。
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