唯一のつながりが消える話

その都の名を津麒という。

天帝と親王があらせられ、
特に次代の帝のことは「東宮」とお呼び申し上げる。

月の世界の、そのまた裏の影に存在する世界。
とにもかくにも言葉では言い表せぬ泡沫の世界。
何人もの皇族が栄華を競う饗宴の世界。

お使えするは殿上人と呼ばれる男の従人。
女という種は遙か昔に途絶え、古文書に知られるばかりである。

月の空間の、はるけきその都・・・その都の名を津麒という。



誰もそれは足の踏み込めぬ世界・・・


天満月が白銀に輝く夜。
といってもこの津麒國には「昼」という概念はない。

太陽もない。

時間とはすなわち、すべからく「夜」。

天満月と三日月が出ているのが「明けの夜」であり、
天満月のみが中天に懸かっている時は「宵の夜」である。

その時分、空から三日月が掻き消え、「宵の夜」になって二刻ばかりしたころ。


一人の男が息も乱れ、東宮の宮を駆けていた・・・
此処は皇族の中で帝に次ぐ実力者である東宮・黎明の君の御殿。
紅の回廊は目にも鮮やかでいて、一間毎に釣られている釣灯篭が男の行く道を照らす。

「ご無事であらせられますようっ」

男の顔には切迫した者の持つ表情が浮かんでいた。
白の直衣が目にも美しい、男の名は左大臣・智彬。

東宮の幼馴染であり、懐刀。
東宮の意思で動き、宮中を束ねる実力者でもある。
切れ者で有名の智彬を走らせる事態が今、起こっていた。


「宮っ!!」


智彬が駆け込んできたとき、東宮殿の中は惨状であった。
充満する鉄の錆びたような血の匂い、立ち込める圧倒的な死臭。
煌びやかな東宮の居室と思えぬ惨状、血塗れの人が何人も倒れ付している中で、一人、抜き身の刀を抜き放って立っている人が居る。

彼の纏う衣は血で紅に染まりながらも、決してその佇まいを崩してはいなかった。
血の化粧をほどこされ、妖艶な空気を纏いながら彼は其処にいた。

彼は至高の位であった。

「宮・・・」

ギラギラと血に濡れた刀を持ち、夥しい死体の上を立っているのは・・・東宮、その人だった。

津麒國の天帝の次の座に在らせられる東宮。

御髪は光のような銀色。
意志の強そうな眉と、スッと伸びた鼻梁。
全ての顔の造りが品良く配置されている。


左大臣智彬と東宮は無二の親友であり幼馴染・・・だが親友である智彬の姿が現われて、黎明の宮はその秀麗な顔に、驚愕を浮かべ。

冷水を浴びたかのような衝撃と共に理解した。
悔しさと憎悪が湧き上がる。
刺客に襲われた、直ぐ後に現われた右大臣。

その事実がさすことの真実に気付かぬほど黎明の宮は愚かではなかった。

「まさかお前が裏切者であったとはな」

低く搾り出すような、凍りつくような声だった。

「・・・」

その宮の言葉に、違うという否定の言葉が智彬の咽喉から出る事は無かった。
だがその沈黙は宮の言葉を肯定するものだった。

途端に宮の顔が悲哀で歪む、否定して、欲しかった・・・

「俺も騙されたものだっ、この十年っ!」

傷付いた瞳をした宮に俺は申し開きも出来ない。

音が聞こえた。
人が来る、駆け込んでくる足音。
近衛府の者だ。

そして東宮は凛と命じたのだ、

「その者を捕らえよっ!!我が謀反を企てた不届きものぞっ!!」

運命が分かたれた瞬間だった・・・


ずっと互いが大切だったのに、俺達はいつから道を違えてちまったのだろうか?


幼い時から気付けば殿上童の頃から智彬は俺の側にいた。
何のことは無い、蹴鞠の相手をしたり、貝合わせをしたり。

自分の周りには俺という皇位継承者を食い物に権力を握ろうとするものばかりで、正直疲れていたし、人のことなど信じられなかった。

けれど智彬だけは違ったのだ。
ただ側にいてくれた・・・それがどんなに救われたかしれない。

年齢を重ね元服すると智彬は月に例えられるほどに美しく成長し、智彬に恋慕する殿上人達の噂話を聞くごとに、嫉妬を募らせたりもした。

けれど俺は智彬の手を離したくなくて、今の関係が大切過ぎて一歩を踏み出すことが出来なかった。
ただ智彬が側に居てくれさえすれば良かった。


それだけなのに・・・


いつから俺たちの距離はこんなにも離れてしまったのだろうか?
俺のことを殺したいほどに智彬は疎んじていたのかと思うと胸が掻き毟られそうだ。

そして俺は、智彬に背を向けたのだ。




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