地下にて

「遅い」

倉庫前に停めてあったベンツに帰ると、兄貴が開口一番にそうのたまった。
だが言い返すと後が怖いので、何も言わずにさっきと同じように二人して座ると、黒塗りのベンツは音もなく発進した。

「何処に行くんだ」

もう学校始まってる。しかも今日は登校日だから3限で終わり、今から行っても中途半端だ。
そう思っていたら兄貴は「黙ってついて来い」とベンツのソファーに背を預けた。

どんだけ俺様だよ。

とは思うものの漆黒のソファーに悠然と身を預ける兄は肉食獣のようで、様になっていることは事実だった。

*****

東京の繁華街を通り、裏通りに入ると…兄貴はベンツを降りた。
そして俺に頓着することなく、どこかの店へ通じる、いかがわしい地下の階段で降りていく。
ここら辺は俺たちのシマだから、それを統括する兄貴が顔を出すのは可笑しくはない。

カツカツという革靴の音と薄暗い階段へ降りていく兄貴の背を地上で見送り…此処で一人でもいても仕方がないと俺も後に続いた。


コツコツと二人分の足音だけが残響のように響いていた。


けっこう長い地下だったように思う。
階段の途中で備え付けられた電灯はオレンジ色の光で階段を照らし、やがて木製の重厚な扉の前で兄貴は佇んで、俺を待っていた。

そして、クイッと顎をしゃくって…そのまま扉を開けると、俺は思わず瞳を閉じる。
それほどの眩いばかりの灯りで溢れていた。
今まで通ってきた薄暗い地下階段とは及びもつかない、輝くシャンデリア、しきつめられた赤絨毯、飾られた胡蝶蘭の数々、煌びやかな女達。

「女たちを呼べ」
「ハッ」

そして兄貴は、目元だけマスカレードを付けた男に命令すると、豪奢なその部屋を突っ切っていく…俺はただただ付いて行くことしか出来なかった。

*****

訳も分からないままシャンデリアの吊るされた、黒い装いの個室に通される。
そこには胸元が大きくあいたドレスを身に纏った女たちや酒や食事が用意されていた。
…少なくとも、高校の制服で来るとこではないとは思うが、部屋と同じで黒のソファーに陣取って両隣りに女を侍らせている兄は、流石としか言いようがない。

「お前もこっちに来い」

そういって兄はソファーに俺を呼んだ。
円形状のソファーで、女を挟んで兄の向かいに腰かける。
と、すぐに女たちから声が上がる。

「ボスが人を連れてくるなんて初めてですね」
「カッコいい高校生ね」

煩くない程の声で話しかけてくる女たちに俺はどう返事したらいいのやらと視線をさまよわせたら、バチッと向かいの兄に視線があってしまった。
兄貴はオレの挙動不審を嘲笑うかのようにユルリッと口の端を持ち上げる。

「こいつはオレの弟だ」

玲瓏な声で告げられれば、場は兄貴に支配された。
皆が驚いた表情で俺を見ている。
うぅ居た堪れない。

「…俺の弟にも手ほどき頼むぜ。」

そしてこの宴は幕を開けた。





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