俺の好きな人

俺の好きな人は、俺が嫌い。
それは分かっていた。
分かっていたから、ただ側で見ていたかった。
それだけで良かった。

どこで変わったのだろう?

俺自身にも分からない。

*****

私立・龍ヶ丘学園。

古い男子校であり、山の中の閉鎖された全寮制のこの学校の生徒はゲイとバイが大多数を占めている。
ノンケでも周りに触発されて大体がバイになる。

そしてその中で生徒たちを束ねる生徒会メンバーは抱きたい・抱かれたいランキングで選出されるため、見目が良い。

そんな彼らを周囲の欲望から守るために作られたのが「親衛隊」という組織である。

俺はその親衛隊の中でトップに君臨する総代だった…そして俺の好きな人は、この学園に君臨する生徒会長その人である。

*****

風が、吹き付けている屋上で、俺は貯水タンクに凭れて、こそこそと隠れていた。
これも親衛隊の仕事だと心の内で何度も言い訳をして・・・本当はただ貴方を見ていたかった。

「月宮会長、僕、会長のこと好きなんです」

今、俺の目の前では告白の真っ只中だ。
小柄な男子生徒が呼び出した相手の名前は、月宮 蒼璽。

俺の・・・想い人。

屋上の風に彼の艶やかな漆黒の髪が揺れている。
彼を見たら他の人間は霞んでしまう、それぐらい鮮烈な人だ。
彼に会った人間は彼を無視できない。

けれど会長自身はそんな自分の魅力に頓着などしていなくて、その端正な顔を歪ませて、屋上の風に攫われる漆黒の髪を片手で抑えた。
そんな動作も様になっていると思うのは、俺の贔屓目だろうか。

「俺はテメェなんか、どうでも良い。」

冷厳な声で言い放たれた言葉は切り捨てるもので俺自身が言われた訳でないのに心が冷えた。

「でもそうだな、今夜だったら抱いてやっても良い。」

けれどなお続けられた会長の言葉に俺の胸がツキンッと痛む。
もう諦めてる筈なのに、この痛みだけは慣れない。
そうか、抱くのか。
なんとなく、そんな気はしていた。

可愛い、守りたくなるような容貌の少年は、会長の好みのタイプだから。

俺も馬鹿だ。
こういった告白の場面は何回も見てきて、慣れた筈なのに胸が軋むのを止められないなんて。

ゆっくりと距離がなくなって、目の前で口付ける二人に、俺は思わず顔を背ける。

俺の方が先に会長と出会って、俺の方が会長の側に居るのに・・・口付けなんてしたことはない。
手に触れたことも、笑顔を向けられた事も。

一度で良い、求められて触れて欲しいと思う俺は浅ましいのだろうか?

今、口付けられている少年が羨ましくて、たまらなくて、思わず自分の唇を指でなぞってしまった。

会長が俺に振り向くことなんて無いのに、どうしようもなく好きなんだと自覚する。

告白できる人間は羨ましい、全ての親衛隊を束ねる親衛隊総代の俺には出来ないから。

親衛隊は生徒会長個人のものや、副会長のものなどがあり。
親衛隊総代はその上で親衛隊長から選出され、大抵が生徒会長の親衛隊長が選ばれる。

そして親衛隊綱領・親衛隊員は自ら親衛対象に告白してはならない、とある。

親衛隊総代である自分が破る訳にもいかないし、会長の親衛隊隊長の地位は追われるだろう。

俺は親衛隊の中でも、176cmという高身長、さらに顔も女顔って訳じゃない。
男らしい顔立ちだ。

だから抱かれたいランキングNO1の会長の親衛隊の中じゃ浮いていた。

だって会長の親衛隊員は、小柄で女顔の可愛らしい、少年と言って良い人間が大半を構成していたからだ。

だから・・・俺は親衛隊の中でトントン拍子に出世していった。
俺は会長の好みから大きく外れていたから。
安心して会長との接点が多くなる親衛隊幹部も任せられると、先代親衛隊隊長は思ったみたいだった。

そしてそれは大当たりだった。




会長は俺が生徒会室に、親衛隊隊長着任の挨拶に言った時に言ったのだ。

『こんなガタイ良い奴が俺の新しい親衛隊隊長かよっ』

その驚愕の声に、胸が軋む・・・俺も貴方に思われる人間でありたかった。
そしてその会長の声に、下半身ゆるい会計の羽場 海都が場を軋むようなことを言ったのだ。

『これじゃあ会長がネコできちゃうねー』と。
瞬間的に生徒会室の空気が凍って、会長は眉を寄せた。

『ふざけんな、海都・・・俺がネコ?寝言は寝てから言え・・・
てめぇも俺の親衛隊とか止めろよな・・・キモイし、ウゼェんだよ』

息が止まるかと思った。

目に止まって、夜の相手を務めたいなんて大それた事を思ってたわけじゃなかった。

ただ・・・会長が好きで、大好きだという俺の気持ちだけは、否定はしないと思っていた。
ただ単に役に立ちたかった。

俺の親衛隊とか止めろよな、ってそういう言葉だ。
俺の気持ちは全ていらないっていう言葉。

だから俺は思わず・・・とんでもない事を口走っていた。



『俺は会長のこと全く好きじゃない』



なんてことを言ったのかっ、頭が真っ白になる。
俺の言葉に、だが会長は不愉快そうに俺を見た。

『じゃあ何で俺の親衛隊長なんかやってんだ』

最もな言葉だ。
今更だけれど何て俺の言葉は薄っぺらいんだ。その冷たい視線が哀しい。

『俺自身の親衛隊が出来そうだったんで、嫌なんです・・・そういうの。』

あぁ咽喉が張り付きそうだ。
こんな嘘。

確かに俺は顔は整っていたから、親衛隊を作りたいって人は居た・・・
でもそれが嫌で会長の親衛隊に入ったんじゃない、だって俺は貴方が好きで大好きで堪らないんだから。

人を物事をどんどん動かしてゆく、圧倒的な行動力に憧憬を覚えた。
横暴なようでいて人を選んで色んな事柄を進めるのも。
その端正な男らしい顔も、声も全部大好きだった。

俺は月宮会長が好きだった。

*****

『自分の為に俺の親衛隊に入ったのかよ』

ハッと意識が引き戻される。
目の前の不快そうな会長の声に胸が掻き毟られる。
違う、貴方が好きだから。

その思いを込めて会長の視線を受け止めた…でも返せる言葉は一つしかない。

『そうです』

俺は真っ直ぐ会長を見詰めて言葉を紡いだ。

漆黒の瞳も髪も艶やかで格好良い、その瞳に俺が映っているだけで泣きそうなほどに幸せだった。
そしてゆっくり貴方の手が伸びて、俺のネクタイを引っ張ってシュルッと外す。
フワリッと香ったのは貴方のまとう涼やかな男らしい香り。

『・・・仕事はきっちりしやがれ。』

親衛対象にネクタイを預ける・・・その事に因って親衛隊長として認められる。
俺はそして頭を垂れた。

分かっていた、タチの会長はネコはやらないし、俺はどう見てもタチに見えるから。
でも・・・ただ俺は貴方の側に居られれば良かった。

それだけだった。

*****

貴方に嫌われたくなかった。

だから必死に仕事をして、親衛隊を束ね。
貴方に興味ないってふりをしていた。

そうしたら会長は俺が当てつけの様に完璧に親衛隊長職をこなしてると勘違いしてしまった。
そして事あるごとに鬱陶しいと言われるようになった。
その度に胸は軋むけれど、それでも良いと思っていた…側に入れれば良かった。

本当はその姿を見るだけで心臓がせわしなく動くくらい、大好きなのに言えはしない。

卒業して、大学に上がって、大人になっても、ずっとこの恋を抱えてやがて消えていくんだと思う。

届かない叫びをこの胸の中に抱えている。
ただ側に、置いてもらえたら、それで良かった・・・





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