試すような真似しても無駄

絢爛な絢錦をまとって、
金魚のように、
息を止めて、
生きる、

そうすれば、なにも怖くないと思っていた。


桂屋の回廊で女が一人立ち止まると、しゃなりっと簪が鳴る。
たおやかな指先が金細工のそれを弄ぶのを、後ろから歩いてきて偶々見とめた男は何とはなしに見詰めた。

女の白い繊手が艶めかしい。
漆黒の髪が鼈甲の簪と金の簪とで纏められ、紅の白鷺をあしらった衣は金魚のようで。

「流石は、真貴花魁だ。簪も一級ってね。」

フッと吸っていた煙管の煙を吹かせて、悠然と笑う男に、女は振り返ることも無く、凛と声を出した。

「弥一、あちきの後ろ歩かないでくれなんし」

その女の言葉に男はふわりっと笑って、

「こいつぁ、手厳しい」

後ろからスッと男の手が伸びる。
右手は帯に、左手は真貴の顎に添えられて優しく、けれど有無を言わせぬ強さで顔を弥一の方へ向けられた。

「今夜、共に月見でもしないかい?」

接吻をする前のように密やかに囁かれる熱。
月見がなにを意味するのか分かり過ぎるほどに。

「わちきを誘うんなら、他の女郎は手を出しなさんな」

花魁に手を出す者は、他の女郎は決して買ってはならないのが鉄則だった。
それを破ったものは大店の店主だろうと、旗本だろうと髷を切られ、放り出される。

「試すような真似は野暮ですぜ、花魁」

女はその言葉に艶然と微笑んだ。
その微笑につられるように男は紅の唇に噛み付くように接吻したのである。


絢爛な絢錦をまとって、
金魚のように、
息を止めて、
生きる、

そうすれば、なにも怖くないと思っていたの。
心を止めて、自分の気持ちに気付かないでいられたら。




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