大切な想い、其れを記憶と云ふ

広がる漆黒の雲海の上で・・・羽織を翻して妖艶に笑う常世の元に・・・幾千幾万もの妖が集う・・・

ザアアアァァァァと吹き抜ける風がまるで妖達の高揚した気持ちを煽るかのように過ぎてゆく・・・
歓声、喜色、入り混じった妖の叫びが轟く。

『おおおおぉぉぉ!!!!常世さま!!!』

闇の総大将である常世の深い深い闇の薫りが、妖達の本能に堪らない陶酔をもたらす・・・
始まりの妖としての甚大な妖力・・・
たった一人の総大将・・・

常世は妖気で天候すら操り・・・立ち込めた暗雲の空海の上に浮かぶ・・・

その雲海の上で一際、統制を利かせ部下を治めている組があった。
黒影の天魔組と白亜の翠清組である。
彼等はうち揃い・・・この二組だけで数千の妖が常世の元に進み出ると服従の意を込めて頭を下げた。

「お久しゅうございます。総大将」

と黒影が奏上を述べ、

「この数百年、待っておりました」

と白亜が続けた言葉に、常世は艶然と笑う。
二人はある意味、三百年前に常世を虜の毒に堕とした罪がある故に、
罵倒され殺されても構わぬという覚悟の元に馳せ参じていた。

だが生まれ変わった主は若返った少年の姿で悠然と宙に浮かんでいて。
その美しい顔には怒りという負の情は見えなかった。

「よぉ・・・」

主の声が一言紡がれるだけで、自分に向けられていると思うだけで・・・体が熱くなる。
だが、この後に常世から紡がれた言葉は二人の範疇を超えていた。


「悪いが、てめぇ等のこと・・・覚えてねぇ・・・」


思わず、バッと二人が顔を上げると、真剣な深い漆黒の瞳にかち合って・・・息を飲む。

冗談ではないのだと・・・

黒影と白亜はそれだけで理解し・・・衝撃を受ける。

そんな二人に常世はフッと溜息を一つ零すと言葉を紡いだ。

「陰陽師に封じられてたのは、結界破って出てきたから分かるんだが・・・

前の俺が何をしてたか・・・此処に集まっている奴等・・・正直、わからねぇ。

試しに近くの妖を呼んだら、こんなに集まってきたしな。

俺は総大将だったのか?」

それが真剣に黒影と白亜を見て、言われた言葉であっただけに衝撃と絶望が二人を襲う。

「っ常世さま・・・俺のことを覚えてないのですか?」

そう黒影が思わず、縋るように問いかけると、
常世は唸り・・・暫らく考えるものの「てめぇは天狗だな」としか言わない。

黒影の翼と修験者の様な出で立ちを見れば、どの妖も「天狗」とは分かる・・・故に黒影は唇を噛んだ。
この一言で分かる・・・分かってしまう・・・

喪われたのだ・・・

共に過ごした時が・・・

貴方を見つめて、想い続けた時が・・・

重ねた時が・・・奪われた・・・

「常世さま。何か・・・何か覚えていることは無いのですか?」

次は冷静な白亜が焦燥に彩られた声で常世に尋ねる。
すると常世は「俺は『鵺』だからな」と前置きして、

「世の念、世の闇を力に変えて、地に憑き、都に憑き、想いに憑く。
だから大抵のことは、もう知ってるが・・・

以前の俺のことなんか欠片も分からねぇ。」

それに白亜も衝撃を受けて、項垂れたのであった・・・

暗雲が京に立ち込めていた・・・その広がる雲海の上で・・・近従と総大将は邂逅したのだ・・・
それぞれに想いを抱えて・・・

その中で・・・

「俺は、なんだってんだ・・・」

ぽつりっと常世が零した言葉は風の音に流れて消えたのである・・・



京が目覚めた・・・だが誰もこの先を知らない・・・

過ぎる時の中で、お前を見つけたい・・・
たとえお前が俺を忘れても・・・
なぁ、常世・・・

誰も・・・この先を知らない・・・




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -