たまたま不調だっただけだ

いつの時代にも上玉は居る。
それは妖にも、人の子にも・・・

妖の花街の大店に常世が馴染みの花魁がいる。
その妖花魁は常世が、偶々ふらりっと足を向けた花街で、破綻戸にかどわかされそうになったのを助けたのが縁だった。

その頃はまだ水揚げもされていなかったが、愛嬌のある笑顔で『ありがとうございます』と楚々とした姿が美しい女。物の通りも分かっている女。
それ故に常世も情けをかけて、その女の水揚げ客となり通っている・・・

妖の総大将として羽振りの良い常世を京の花街で知らぬ者など居ない・・・
皆、女妖はその花魁を妬んでいたのだが、機微に敏感な常世が守るので花魁が危害を加われることはなかった。

そして・・・花街の四階にある大部屋の一室を貸切、二十人ほどの女妖に囲まれながら、常世は酒を煽っていた。
琴が掻き鳴らされて・・・ゆったりとした時が流れる。
隣りには馴染みの花魁が頃合をはかって酒を注ぐのに、常世は優しい微笑を乗せた。

そして目の前では座敷遊びとして、扇子が投げられて女達が競っており。
褒美は常世の漆黒の打ち掛けと金子だった。

「目の前で花が咲き誇るのは悪くねぇな」

そういって肘掛けに身をあずけ、女妖達が扇子を投げるのを楽しげに見詰める常世。
面白げに女達を見つめる常世の視線を感じ、一層女達は嬉しそうに戯れる。
金魚のような華やかさだと常世は想った。

すると、その常世の耳に、宴のように楽しげに笑う大勢の声が聞こえた。

「なんだ?随分楽しそうじゃねぇか・・・おい襖を開けろ。」

女妖に命じて、金の象眼が施された襖を開け放つと、
庭を挟んだ向かいの大広間に遠目ではあるが大勢の女達を侍らして、目隠し鬼をしている集団が目に入った。
あちらは元々襖を閉めて居なかったのだろう・・・男も女も入り乱れて、酷く楽しそうだ。

だがその中で一人だけ部屋の上座で数人の女を侍らして、その遊びを見ている男が居て・・・常世はその漆黒の瞳を見開いた。

庭を挟んだ、この場所からでも分かる・・・


白銀の髪、金色の鋭い瞳・・・ゆらゆらと揺れる灯篭の火が端正な男を幻影的に浮かび上がらせている。
魅力的に笑い、風のようなに爽やかで・・・月の様に艶麗な・・・男。
射しこむ月の光がよく似合う・・・

ふっと男の視線がこちら側に流れ・・・そしてぶつかる・・・
交わす視線。
漆黒の瞳と金色の瞳が交わる・・・二人は、その瞬間に固まった。

「・・・・・何で此処にいるんだ」

常世はポツリッと零した。
忘れたくても忘れられない・・・それは数日前に大阪の茶屋で出会った男だった。


相手も驚いてるようで、その金色の瞳がジッと女を侍らしている常世を見詰めているのが分かった。

そして次の瞬間・・・常世の座敷にザアァァアァアアァァと風が舞い・・・

「よぅ」

その風と共に目の前には、庭を挟んだ向かいの広間の上座に座っていた筈の男が立っていたのである。

「きゃぁっ」

その乱入した男に女達から驚きの声が上がる、だがそれを常世は片手を上げるだけで押さえた。

「まるっきり知らねぇ訳でもねぇ・・・気にすんな、不逞な奴じゃあねぇ」

と微笑む、京の百鬼夜行の総大将の言葉に女達はホッとしたようで「失礼いたしました」と一礼し、場が静まり、
常世の余裕の対応に部屋の入口で飄々と立っていた男も面白そうに笑う。

「確かにしらねぇ仲じゃあねぇ・・・接吻までした仲だからな」

その言葉に女達はどよめいた、京の総大将である常世が男色だと聞いた事がなかった。
だが常世はその男の言葉に、その端正な顔を歪める。
茶屋での接吻なんて事故みたいなもんだ・・・虫が止まったんだ。

「なに馬鹿げたこと云ってやがる・・・俺にとって接吻するに値する奴ってのは、この場では花魁だけだぜ。」

断じて男色ではない。
そう言外に言い放つ、だが男はフッと笑った、まるで常世が幼いと言いたげに、

「こんなに綺麗な花が沢山咲いていて、それぞれ色艶も蜜の味も違うってぇのに・・・蝶として失格だぜ」

べロッと紅の舌で唇を舐める。その扇情的な姿に息を飲んだ。
体が熱い・・・
だが何より、この男は常世の自尊心を刺激する・・・

「ほぉ・・・てめぇ俺に花の愛で方を説くつもりかよ・・・おもしれぇ・・・受けて立ってやる。」

ざわりっと闇が蠢く

怒りなのか、興味なのか・・・自分の身の内から湧き上がる感情に常世は震えた・・・
ただ分かっているのは、この男を目の前にして気持ちが酷く泡だっているということ・・・

常世から立ち上る闇の妖気に皆がゾクッと魅せられる。
常世の「始まりの妖」としての巨大な闇の力・・・
弱い妖などは、その闇の深さを目の当たりにしただけで常世に心酔する・・・

だが男は酷く楽しそうに笑うだけで、常世を戸惑わせた・・・
だいたいの妖は常世が力を出せば戸惑うのに・・・まるで立場が逆転していた。

「まぁ落ち着け・・・女妖達にはてめぇの妖気は色んな意味で辛ぇだろう・・・
俺とお前だけで『花の愛で方』については決着つけようじゃねぇか。」

おもむろに近付いて、座っている常世に視線を合わせるように屈んだ男の笑みにつられて。
常世は思わず「上等だ」と承諾してしまい。

それはもしかしたら・・・相手の思う壷だったかのしれないと思ったのは決着がついた後だったりする・・・


「馬鹿っやろっ」

どうにも腹に据えかねて常世が罵ると、相手がフッと笑ったのが伝わり、また腹が立った。
というのも口付けしているのだ。
男に何故か花街の朱の布団の上に押し倒され、口付けられていた・・・


というのも二人で決着をつけるということで人払いをしたのまでは良かったのだが。
女を愛でる男の勝負だったので・・・では性技を見せようという話しになった・・・

ここで止めておけば良かったのだ。
止めておけば良かったのに。

『良いぜ、やってやろうじゃねぇか』と答えてしまった。
すると男は広間の隣りに用意されていた褥の部屋に常世を誘い・・・

『接吻して片方を篭絡したら勝ちでいいだろ』

と、とんでもない事を言い出した。
ちょっとこれは無い、無いだろうと思い、

『待て、そんなもん女として比べて貰えば良いじゃあねぇか』

と言えば、『それじゃあ贔屓が出るだろうが』といって取り合わない・・・
『互いが互いにするのが分かりやすくて良いじゃねぇか』という。

阿呆だ!!こいつは阿呆だ!!!
何が哀しくて、馴染みの花街に来てまで・・・こいつと接吻しなけりゃあいけねぇんだよ

そう思ったが、『逃げんのかよ』と言われると『馬鹿言ってんじゃねぇ』と答えてしまい。
噛み付くように口付け、押し倒したのは最初は俺だった・・・




だが直ぐに形勢を変えられてしまう・・・
というのも男の手が俺の袴の合わせから侵入し俺の下肢を撫で上げたのだ。

「あぁっっ」

自分が受身になる事など、これまで無く・・・男のいいとこなんか知らない。
故に着物の合わせから俺の下肢を愛撫する手に翻弄され、組み敷かれ、男の口付けが巧みで快感が体を侵してゆく・・・

「ふっっぁんっ、つっ」

クチュッと唾液を流し込まれ、飲みきれないものが顎を伝い零れる。
シュルッと衣擦れの音が響いて・・・下袴が解かれ、羽織を脱がされているのだと分かった。
頭が熔ける・・・けれど認めたくなど無くて・・・

「ふざけんなっっ」

口付けの合間に悪態を付いて拳を振り上げると、軽々と掴まれ、頭上で一括りにされた。

「降参だろう」

ニヤッと笑われる男の艶やかな美貌に常世は魅せられるが・・・それが更に腹が立つ。

「てめぇの口付けで感じられるわけねぇだろうがっ、木偶の坊っ」

悪態をつくと、やれやれと楽しそうに男は笑う。
じゃじゃ馬だなと言うと、バザッと一気に男は常世の胸元を広げた。

「つっっ!!!」

常世の漆黒の瞳に、やけに楽しそうな男の表情が映る・・・
男は常世の両手を拘束したまま、顔を胸に寄せ、
クチュッと胸の飾りを舐め上げた。

「ふぁっ」

男でも其処は感じるのかと、衝撃と共に快感が走ってしまう。

「良いだろ?もっと欲しいか?」

クルクルと舌で周りを舐めてじれったく快感をつくる男に常世喘ぐ、
自分の快楽の在処が一人の男によって暴かれる感覚。

「んっっ勝負と違うだろうがっっ」

勝負は口付けだけのはずで・・・それを指摘すれば男は「だから口付けてるだろう」と一際強く胸の飾りを弄んだ。

「よせっっあっ」

ゾクゾクッと肌が快感で粟立つ。

「降参だろう」

妖しい漆黒の瞳が舌で胸を弄んだまま、常世を見上げている・・・それにどうしようもなく惹かれて・・・

もう限界だ。

「つっ・・・たまたま不調だっただけだからなっ」

そこで常世は事実上、降参したのである・・・
頬を朱に染めて素っ気無く言った常世の態度に男は怒るでもなく、
『よく言えたな』と額に口付けを落とし、常世は羞恥と怒りで更に頬を朱に染めた・・・


二人はその後、酒を酌み交わしていた・・・
窓を開け放ち、夜風を通すと涼しくて、火照った体の熱を冷ましていく・・・

「うめぇな」

と常世が言えば、

「ああ」

穏やかに応えが返る・・・心地よかった。

「てめぇ何者だ?」

それに男の正体に興味が湧いて尋ねると、
男は「てめぇこそ」とその金色の瞳で見詰めてくる。

漆黒の瞳と金色の瞳がかち合って・・・どちらともなく二人は笑った。

「まぁいいか細かいことは・・・俺は常世だ。」

常世がそう言うと、少し考える素振りを男はしたものの艶然と笑う。

「おぅ、俺は鯉伴だ。」

鯉伴・・・関東の総大将がそんな名だったような気がした・・・
けれどそんな訳あるめぇと常世は笑い・・・夜空を見上げる。

「いい夜だな・・・鯉伴・・・」

月が、天満月が薄い雲がかかっている空に浮かんでいる・・・

「そうだな、常世。」

二人の間を夏の涼しげな夜風が流れていった・・・

まだ二人は互いを知らない・・・
百鬼夜行を背負う者だと気付かず・・・出会い・・・惹かれた・・・





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