枝垂れ桜
夢を見ていた・・・遠い日々の情景・・・
桜が舞っていて、美しい夜の清水寺の屋根の上で・・・酒を酌み交わしている俺達・・・
俺が常世の杯に並々と酒を注ぐとアイツは慌てて、
『零れるじゃねぇか、阿呆』
と朱の杯に唇を寄せる・・・その様が好きだと想う。
『なぁお前は俺のどこが好きなんだ』
『はぁ?馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ・・・こういうのは理由なんてねぇんだ。俺がてめぇに惹かれた・・・それで充分だろ』
たったその一言で・・・幸せだったのだと気付く。
ひび割れ・・・欠けてゆく日々・・・
そしてハッと目が覚めると・・・本家だった。
本家の自分の部屋に鯉伴は寝かされていた・・・
いつの間にか衣も真新しい漆黒の着流しに代えられている・・・
時分は夜だ・・・障子を通して月明かりが部屋に差し込んでくる・・・
部屋を覆う闇が愛おしかった・・・常世を生み出した闇・・・
鵺は闇から生まれ出でた・・・『始まりの妖』・・・
この願いが叶えられることは無い、決して・・・儚い願いは・・・叶えられる筈も無い・・・
孤独の中へ堕ちてゆく・・・狂いそうだ・・・
鯉伴は、そのまま布団になど居られなくて、立ち上がり・・・両手で襖を開けた・・・
ざああぁぁぁああああぁああぁあぁぁぁぁ
途端に鯉伴の漆黒の黒曜石の瞳に飛び込んできたのは本家の枝垂れ桜・・・・・
満開だった・・・月光に照らされて・・・風に吹かれて・・・
花びらが鯉伴の部屋へ・・・ざああああぁぁぁっっと入ってくる・・・
薄紅色の儚い花びら・・・
ひとひら
ひとひら
舞い散る・・・闇夜の中でただ月の光だけを頼りに咲く華・・・
それはまるで常世が鯉伴を愛したように・・・
風が吹き抜けた・・・震えた風が鯉伴の頬を撫でてゆく・・・声が聞こえた気がした・・・
すきだ
それに鯉伴はわらう、泣き笑いのように・・・
確かな記憶で繋ぐように・・・
哀しみが見えぬように・・・
届かない叫びを、その胸に抱えて・・・
「あぁ・・・・・俺もだ。」
伝えられなかった想いをひとひら紡ぐ・・・
一夜にして満開となった奴良組の枝垂桜が・・・ひとひら・・・花びらがひとひら舞って堕ちた・・・
誰もその先を知らない・・・
ああこんなにも・・・お前を愛してた・・・
名を呼びそうになる・・・でも呼ぶまい・・・
軽々しく呼ぶまい・・・
なぁ・・・何処にいるんだ・・・
お前は何処に隠れているのか・・・お前が俺の名を呼べば、きっと飛んで行くから・・・
隠れ鬼で見つからなくても・・・最後には、お前の本当の心を見つけるから・・・
だからどうか・・・俺の名を呼べ・・・
『闇と時空の狭間』江戸編*完
←◇→