畏と虞
声はどう出せば良かったのだろう・・・
目の前で百鬼夜行を率いる、ぬらりひょんを見ただけで・・・
常世は何故か胸が締め付けられるように痛んだ・・・
息が上手く出来ない。
「江戸の総大将が何の用だ?」
だがそれを振り払うかのように言葉を紡ぐ・・・と朧車の中で、ぬらりひょんは表情を歪めた。
「てめぇ・・・本当に常世かよ・・・」
冷たい声。
切りつけるような響きの低く通る声に常世は、その漆黒の瞳を見開く。
全身が熱くて・・・でも心が氷のように冷たい・・・
「・・・あんな惨く殺すことはあるめぇ」
それは常世の闇に潰され、地に落ちた出雲の妖達のことだと、鯉伴の視線を追えば分かる・・・
血が飛び散った・・・物のようにアッサリと惨たらしく壊された幾多の命・・・
その落ちていく命を見下ろして・・・笑った姿を・・・遠目から鯉伴は見ていた・・・
殺戮を楽しんでいるように笑った常世の姿を。
『はははははっっ!!!!見ろ!!白亜っ!黒影っ!蠢いてるぞ!!』
落ちてゆく出雲の妖達を見下ろして笑う。
そんな醜悪さは・・・常世ではないと・・・
鯉伴は、その鋭い漆黒の瞳で断罪する・・・
「馬鹿いうな・・・白亜と黒影を脅かしたんだぞ・・・殺すのが当たり前だ・・・」
眼光に射抜かれて、上手く言葉が出てこないことがあるのだと・・・常世思った・・・
こんなに冷えた視線は始めて向けられていると思う・・・何故か胸がいたい・・・
だが常世の言葉に鯉伴は耐え切れず叫んだ。
「馬鹿言ってんじゃねぇ!!京がこれだけ荒れてんだろうが!てめぇは何で京の総大将やってる!!常世!!」
まるで近従の為に抗争をしているような常世の言葉に・・・
鯉伴は急速に自身の内で常世への想いが冷めていくのが分かった・・・
想えば、出会う前から・・・鵺のことは知っていた・・・
幾月も弱い妖を守り、京の妖をまとめ上げ、人と妖の境を仕切る、京の総大将・・・
そんな鵺に好意を持っていた・・・そして出会い、言葉を交わし、鵺を、常世を知れば知るほどに魅せられた・・・
それが容易く崩れ去る・・・
総大将として惹かれた姿にも・・・一人の者として惹かれた姿にも・・・
否、惹かれていたからこそ・・・鯉伴は自分が許せなくなった・・・
騙されて肌を重ねた己を滑稽に思っていたのだろうと想う・・・
『また会おう』
そんな戯言に踊らされて、京まで百鬼夜行を率いて来た俺はさぞかし滑稽だろう・・・
魅せられて・・・騙されて危うく奴良組に義兄弟として迎えるところだった・・・
今、目の前にいるのは・・・酷く不快な京の百鬼夜行の主・・・
啼いている
常世様が啼いている
それが白亜と黒影には分かっていた・・・
常世が唯一、己で選んだ・・・たった一人に拒絶されて・・・啼いている・・・
何でもない顔をして・・・虜の毒に犯されながら・・・
煙管が軋むほどに握り締めて・・・常世様自身は気付いていないけれど・・・
貴方が啼いている
スッと前に出て、鯉伴の視線から常世を遮った者達が居た・・・白亜と黒影。
二人の近従が背に常世を庇っていた。
「それ以上、常世様を愚弄することは許しませんよ、ぬらりひょん。」
その二人の瞳には拭いきれぬ哀しみの光がある・・・
常世を毒に堕としたのは他でもない彼等であるから・・・
「そもそも貴様は何の為に、この京の地に立ち入ったのだ・・・返答次第で、それなりの覚悟をして貰おう。」
だがその二人の様子にも、辛そうな常世の僅かな様子にも、怒りに心を染める鯉伴は気付かない。
そして・・・鯉伴自身の『京へ飛び、常世に加勢する』という号令の元で、
京の百鬼夜行を救う為に動いた、江戸の百鬼夜行は・・・その様相を変えていった・・・
「俺等が此処まで来たのは、てめぇ等を俺の百鬼夜行の列に加えるためよ!!」
ぬらりひょんの一言に因って・・・
互いの間を殺気の交じった妖気が膨れ上がった・・・
江戸と京の抗争が起きる・・・
京の空で・・・百鬼が・・・
「畏」と「虞」がぶつかる・・・
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