崩壊するもの
何百という天狗の骸の上で、妖艶に笑う・・・闇の総大将・・・
黒影は同胞の変わり果てた姿に呆然と項垂れている、黒影には到底受け入れ難い光景だった・・・
数十年前に終わった同胞同士の虐殺や暗殺・・・そんな哀しみの連鎖を終わらせた主が同胞を切り裂いた。
どれぐらいの時間が経ったのだろう・・・ポツッと雫が空から降ってきた・・・
雲はない、星も見えるのに・・・雨だ。
やがてその雨はザアァァァァアと降り注いだ。
「いい雨だ」
常世の楽しそうな声が、この場になんと・・・そぐわない事か。
血が流れ出し・・・血に濡れた、その惨劇に・・・神に通じる蛟、白亜が耐え切れずに口を押さえて膝をついた・・・
この場の不浄が彼の身に余ったのだ・・・それにすぐ常世が反応を示す。
「白亜・・・不浄に弱かったな・・・」
スッと常世が手を上げると屍と化している天狗の体の下に射している影が、天狗の死体をクルクルと包んで、一瞬の後に何も無くなる・・・
それに同胞の亡骸を一瞬で消された黒影が息を飲んで、常世を見詰めるが・・・常世は艶然と笑うだけだ。
流石に血までは無くならなかったが、大方の不浄が消え去った・・・
「これで大丈夫だろう?」
歩を進め・・・
そっと膝を付いている白亜の白銀の髪を常世は撫でようとして・・・
その瞬間にその手は白亜のそれによって包まれた。
「常世様っ・・・申し訳ありません」
その身を切り裂かれたような切実な響きの白亜の声に常世が首を傾げると、
白亜はそのまま常世の手を引いて、常世が膝をついて白亜の腕の中におさまり、
白亜も下から縋り付くように抱きしめた。
「貴方を啼かせたくなど無かったのにっ!」
力強く常世を抱きしめる。
白亜の腕の中で・・・常世の頬を雨でない雫が濡らしていることに・・・白亜は気付いたから・・・
白亜の言葉に立ち竦んでいた黒影もその金色の瞳を驚愕で見開き・・・
ゆっくりと常世に近付き、そっとその漆黒の髪を撫でる・・・
虜の毒にかかっている常世が涙を流す筈は無い・・・これは真実の常世の慟哭・・・
身内の天狗達を自らの手で殺めてしまった・・・大切な者を手にかけ慟哭している涙・・・
涙に気付いた常世も、白亜の腕の中で己の頬を伝う・・・雨でない暖かな雫に呆然と呟いた・・・
「・・・なぜ・・・俺は・・・」
啼いてる
貴方が啼いている
これは私達の罪・・・貴方を堕としめた・・・愛してしまった・・・
貴方が守ってきた、幾千の弱い妖・・・終わらせた血の歴史を・・・知っている・・・
優しい人だと・・・優しすぎるほどに優しい人だと知っていたのに・・・
貴方から、その優しさを奪った・・・
愛してる、愛してるのに、この想いは貴方を傷付ける・・・
貴方の心が壊れてゆくのが分かってしまう・・・
すると己の涙を自覚した常世が、白亜の腕の中で苦しみ出した・・・
「白亜っっ、熱いっ体が熱いっっ」
端正な顔を苦悶に歪めて、雨を吸った漆黒の髪から雫が散る。
常世様が・・・壊れてゆく・・・
白亜はただ抱きしめることしか・・・出来なかった・・・
「何なんだ、これっっああぁぁっっ白亜っっ黒影っっ!!」
叫ぶ、それに黒影も優しく、その手で常世の髪を撫で、両目を包むが・・・・・止まらない・・・・・
白亜と黒影の腕の中で唯一の主が壊れていくのを・・・
何も出来なかった・・・二人はただ常世を抱きしめる・・・
「あああああぁぁぁああぁぁぁぁ!!!!!!!」
雨が降りしきる、邸の庭に絶叫が響いて・・・
どこまでも行く先など分からない・・・闇の道行きに堕ちてゆく・・・
大丈夫、心は決まってる・・・どこまでも貴方のお側に・・・共に闇の道行きを・・・
どれくらいの時が経ったのか・・・三人の上に雨が降り注いでいた・・・
そしてその感覚にすぐに三人は気付いた・・・白亜と黒影が顔を上げて、ある一点の方向を厳しい顔つきで見つめる・・・
「百鬼夜行が来る・・・」
声は二人の腕の中の常世からのもの・・・彼は笑った・・・
冷たい漆黒の瞳が妖しい光彩を帯びている・・・狂気だ。
「殺そう、全て殺してやる・・・黒影と白亜を脅かすもの・・・殺してやる・・・」
その常世の言葉に白亜と黒影は辛そうな表情をするも、それぞれ常世の手と額に口付ける・・・
心は決まっている・・・最期まで貴方のお側に・・・貴方は悪くない・・・この罪は我々だけのもの・・・
愛しているから・・・
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