柳田の怪談act.2

その領域に立ち入った瞬間に感じた。
人ならざる柳田が、幾重にも衣のように布かれた結界に気付くのに、そう時間がかからなかった。

何故なら、結界は邪なる者を封じるものだ。

柳田自身も妖だから、結界が僅かに反応している。だがその強力な結界が対象としているのは、柳田ではない。

だから悠然と柳田は目的の場所まで到達できた。

ザアァァァと海のような木ずれの音。
木々が取り囲む様に、小さな石碑を取り囲んでいる。
その石碑を中心にして幾重にも施された結界が見事にその石碑の悪神の力を押さえ込んでいる。

柳田はクスリッと笑みを浮かべた。

嗚呼、見事だ。

まだ見ぬ、花開院家陰陽師。

敵ながら。

否、これから味方に引きずりこんでみせよう。
チリンッと柳田の耳の鈴が鳴った。


蒸し暑くなってきた。


さぁ


とっておきの怪談を語ろうじゃないか。


柳田は艶然と笑って、<語る>・・・神隠し陰陽師の怪異。




その時、闇がドクッと脈打った。

ざわざわと虫が這いずるような気持ちの悪い空気がささめく。

何かが干渉している。

彼は、その漆黒の闇の中で、同じ光彩の黒曜石の瞳を開いた。

そして何度が瞬きをし、ため息を零した。

闇の奥で彼と融合した悪神が笑っている。


解放サレル


悪意


絶望


哀シミノ根源ヲ。


だがそれはさせない、そう決めていた。
自分が人柱として抑制しているのだから。

そこで彼はクスッと笑った。

なぁ竜二。

お前にとって、誇る兄でいたい、俺は。





社の周囲の空間がねじ曲がる様に不穏なものが溢れだすのを柳田は感じた。

そして同時に、ザワリッと空気が震えたのが分かった。

「やっと、おでまし哉。」

柳田はそこで<語る>のを止める。

柳田が<語り部>として語った<怪異>。

その<百物語>として語られた妖力が、結界を弱め悪神の力が漏れはじめている。

地面から雨が染み込む様にじわりと闇が浮かんでくる。
最初は雫のように、次は水溜りのように、じわり、じわりと広がった。


柳田は期待に微笑む。


だが次の瞬間・・・その漆黒の沼から這い出た巨大な闇の手が柳田の体を弾き飛ばした。

「ぐっ!!」

醜く声はあげない。
上げるほど落ちぶれていない。
だが・・・

「っ結構、効いた哉」

宙で体勢を整えながら、その漆黒の手を見ると、その手は、またズブリッと地面に沈もうとしている。

ただ煩い柳田を振り払った・・・そんな風情だった、お前如きに語られる謂れは無いと。

そう今ので柳田は分かった。
年季が違いすぎる。

これは圧倒的に相手の力が上なのだ、だが、


「・・・そんな物語こそ語りたくなるものさ」


柳田は艶然と笑う。

彼の唇からツゥーッと血が流れた。


探していた、ずっと・・・

ずっと・・・

<この世界を覆す怪談>を・・・

探していた、けれど・・・もう探す必要は無い。

「見つけた・・・」

そこで柳田はも笑みを深めた。

闇の手が消えると・・・再び、祠の前は結界にはりめぐされ、静まり返る。

だが柳田は決意と共に懐から小刀を取り出し、彼はフッと自嘲する様に微笑んだ。

「僕に、ここまでさせるなんてね」

そして彼はその刀を自身の首にあて、深く走らせた。
バッと鮮血が迸るのと同時に再び妖力が高まってゆく。

「さぁ喰らうといい」

分かるだろう?
供物として僕をあげよう。

さぁ・・・

再び地面から湧き上がった巨大な闇の手が柳田を掴み上げる。

滴る血が柳田の着物すら紅に染める。
肌は一層、白くなるのに柳田はそれは嬉しそうに笑うのだ。

闇の手はそのまま柳田を掴んだまま、地面へ沈んだ・・・宵闇の逢魔ヶ刻のことだった。

あとはただ、夜を待つ木々がざわめくだけである。




相手が自身の首を掻っ切った時。

馬鹿な事を、そう思った・・・それで事切れることは無い妖だと分かる。
だが馬鹿な事を、そう思わずにいられない。

血が。

供物として捧げられた、上質の血が余りに甘美で体が震えるのが分かった。
悪神を抑える為に、悪神と融合した体は喜んでそれを受け入れた。

なんて浅ましい。

だが妖としての本能の部分がその「供物」を掴み取るのが分かって唇を噛み締めるしかなかった・・・

俺で全部を終わらせる、そう決めたのに・・・なんてことをしてくれたんだ。
それがたとえ妖でも。


そう思って、深遠まで連れてこられた「供物」と対面したのだ・・・


「彼」は闇に捕われている俺を見つけると自身も俺の分身である闇の手に拘束されているのにも関わらず艶然と微笑んだ・・・

その笑みに何故か、胸が騒いだ。
彼はその妖しい微笑を浮かべたまま、

「ちょっと苦しいから、この手を外してくれない哉」

なんて言ってくる。
変わった奴だと、スルッと手を解けば、

「有難う」と言って血が滴る首に手をあてて・・・正直、全く血は止まっていないが、こちらに一歩一歩近付いてくる。

「来るな」

近付かれると、甘美な血の匂いに喰らいつきたくなる。

けれど俺の拒否の言葉に、彼は笑うだけだった・・・あぁまた胸がざわつく笑みだ。

人柱として悪神と融合し、力を押さえ込んでいる俺には闇の触手が絡み付いている。
それすら頓着する事無く近付いてくる。

そして目の前に立たれた。

「僕をあげよう・・・だから僕のモノになってくれない哉。」

むせかえるような血の甘い香り・・・
艶然と笑う妖。
チリンッと鳴る鈴の音。

スルッと頬を撫でられる。

その感触にハッとすると目の前に整った顔があった。
まかり間違えば口付けするような距離で合わさる視線に目を見開く。

でも決して逸らせない程に、彼の瞳は力強い。

驚きで固まっている間に彼は楽しそうに笑う。

「嗚呼・・・気に入ったよ」

そして闇の触手ごと抱き締められた。
抱え込まれた顔が丁度、彼の切られた首の方へ回されて・・・クラッと揺れた。


むせかえる血の匂い・・・


「欲すればいい」


俺は、人間だ。


「君は傑作になる予感がするんだよ」


なんのことか分からない。


「ねぇ・・・」


抱き締められている腕の力が強まって、耳元で囁かれた。


「秀一」


それは俺の名前・・・それに思わず、胸に切なさが溢れ箍が外れた。

人の壊れた音がした。
産まれるのは傑作の百物語だ。


妖の真紅の瞳に変化している。彼・・・血をピチャッと舐めとった彼の端正な顔を両手で包んだ。


「これは契約だよ」


間近に整った彼の顔が僕の血を飲んで恍惚としたものになっていることに、なぜか支配感が湧き上がる。

彼の紅い舌が、僕の赤い血を舐めとる。
それに欲が湧いた。

妖としての欲望に従って僕の血を飲む彼に言い知れぬ喜びが湧く。
この彼を引き出したのは僕だ。


「君は、僕のモノだ」


血をあげよう、代わりに。
僕の語りに付き合ってもらう。

そして、語り部と語られる妖としての契約を。

そのまま彼と距離を詰めて。

口付けた。

するっと舌を差し入れて、甘がみすると彼はんぅっと喘ぐから。
それに気を良くしてクスッと笑って、彼の漆黒の髪に手を差し入れて激しく求めた。

唾液を絡める、歯列をなぞって蹂躙する。

血の味がした。

暫らくして銀糸が互いの間をツゥーッと引く。

欲情した妖らしい真紅の瞳とかち合う。


綺麗だと想った・・・この僕が。


そして、いつのまにか彼を捉えていた触手はなくなって彼は自由になっていた。

そう彼は妖としての本能の部分で僕に語られることを選んだのだ。

だから此処から彼は解き放たれる・・・

息を乱しながら、僕を見上げてくる彼に微笑んだ。


「さぁ、世界を変えに行こうか」





『怪談』を探していた。

『この世界を覆す怪談』を。

さぁ、君の怪談を語ろう・・・

<後書>
ずっと柳田のターンでした。
補足説明、悪神を鎮める為、兄さん自分を供物にして鎮めたので、悪神=兄な感じです。

ただ妖の本能として動いてる部分と人として
押さえ込もうと動いてる部分と二面性を兄さん抱えています。
悪神のこと押さえ込んでた結界はこの人としての面で抑えていました。

悪神の力で悪神を抑える。
融合したからこそ出来る力技です。

これは高度な封印な為、人が気付ける仕組みのレベルではないです。
柳田は分かっていますが。竜二はどうやって兄が封印を施したか分かりませんでした。
柳田は妖で竜二は人だからです。

妖面が前に出てる時は瞳が真紅。
人面が前に出てる時は瞳が本来の漆黒です。





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