◎記憶の中の真実 心結side
動物園を全部見て回り、それから都内でお昼ご飯を食べた私達。ご飯を食べ終わってからも、近くをぶらぶらして色々なことを見たり話したり。女の子と過ごすのとはまた違って、でもとても楽しかった。
そしてだいぶ日が傾いてきた午後6時。私達は再び電車に揺られていた。
「本当に送ってくれなくていいんです…」
「ダメっす。何かあったら困ります」
「だって、長太郎の家私の家から遠いんだよ?」
「そんなのは全然大丈夫っすよ」
「……」
小春は赤也くんから私へと目線をずらした。赤也くんが一向に引く気配がないからだと思う。でも小春の言ってることも本当で、小春と長太郎の家は駅で考えても結構離れている。
「んー、でも、赤也くんもそう言ってるしいいんじゃない?」
「心結まで…!だってまだ明るいんだよ?」
「そうは言っても、赤也くんが私の言葉で意見変えるとも思えないし」
うんうんと頷く赤也くん。そうして小春が返事を返す前に、電車が目的の駅に停車してしまった。どうしようとおどおどする小春を、赤也くんは手を引いて電車から降りていった。
「…結局、小春が降ろされちゃった」
慌てて出ていった2人に、私は電車の中からばいばいと手を振った。小春と赤也くんも手を振ってくれていた。
「じゃ、まさはどこにご飯食べに行く?」
「俺はどこでもいいっちゃ」
「どこでもいいが1番困りますー」
「プリッ」
「まぁジローの家なら次の駅だし、私の家も歩いていける距離だから次で降りてから決めようか」
「ん、そうしよ」
駅に着いたアナウンスが流れ、私達も外へ出るために体制を整える。でもやはり時間も時間だからか、人混みで流されそうになってしまう。そんな私の手を、まさは引いてくれて。
「まさ、ありがとう」
「おん」
電車を出て駅前を2人で歩いていく。この駅は結構大きめの駅で、ご飯を食べられるような場所もいくつもある。
「周り見て、どう?」
「んー」
「…とはいえ、私もそんなにお腹空いていないんだけどね」
「ご飯食べたの昼過ぎてたしのう」
こんな事を思うのはおかしいかもしれないけど、私がお腹空いていないんだから、きっとまさはもっと空いてない。この間の合宿でのまさを見ていたら、そう思わずにはいられなかった。
「じゃあとりあえず、ジローの家の方に向かって歩いてこっか」
「ん?なんで?」
「あれ、今日ジローの家に泊まるんじゃないの?」
「それはそうやけど、心結のこと家までどうせ送るぜよ」
「ええ!いいよいいよ、大丈夫!」
「…さっき小春ちゃんに言うとったのは誰やったかのう」
「そ、それとこれとは別!」
「何も変わらんよ、心結も女の子じゃき」
「……」
ま、まさかこんなところで小春の味方をしなかったツケが回ってくるとは…。まさに言われて、私も何も言えなくなってしまった。
「…それじゃあ、よろしくお願いします」
「ん、よろしい」
まさはそう言って嬉しそうに笑った。夕日が当たってうっすら赤くなって見えるまさの頬が可愛く見えるなぁ、なんて。
しばらく2人で歩いて、もう私の家の近くまで来てしまった。まさが「ジローの家に向かう時にハンバーガーでも食べていく」と言っていたから、結局私達は何も食べずにいた。
「公園…寄って行かん?」
「あ、うん。いいよ」
まさ、本当にお腹空いてないんだろうなぁ。家の近くの小さな公園に入りながら思う。でもまさの手のひらは見た目にそぐわないくらいにごつごつしていて、やっぱりあの強豪テニス部の一員なんだと思わされた。
「風が気持ちええ」
「そうだね」
「ベンチ、座るか?」
「うん!」
公園内には1つしかないベンチに座ると、昼間の熱がまだ残っているのかほんのり暖かい。
「ふー、今日は歩いたね!」
「あんなに歩くなんて滅多にないしのう」
「でもすごく楽しかった。小さいころのことも思い出せたし」
「……」
「まぁ、結局まだわからないことも残ってますけどねー」
わざと嫌味を言うように私は呟く。まさ、言う気になったかなぁ。そんな嫌な事を考えながら、まさの方を見てみると。
「そんなに知りたいんなら、教えようか?」
真剣な顔で、私をじっと見つめるまさがいた。普段はいつも飄々としているまさなのに、試合の時とはまた違ったその瞳に、私の胸は大きく跳ね上がる。
「えと、…うん!教えて教えて!」
「…後悔しないか?」
「え…?」
そう言って不意に、まさの顔が近づいてくる。
そして、そのまま私の唇と重なった。
「……」
突然の出来事に頭がパニックになっている。それだけは、わかった。
今、私、まさと…?
「……あっあの、わ、私、帰るね!家すぐそこだから!送ってくれてありがとう」
私は勢い良く立ち上がり、まさの顔を見ずにそれだけを伝えて早足で公園の出口へ向かう。
どんどん速くなる鼓動が痛いくらいで、私は息をするのもやっとだった。
「……」
「うわぁぁぁん!」
「心結ちゃんだいじょうぶだよ、もういないよ」
「うあ、うわぁぁん!」
「……」
なかなか泣き止まない心結に、1度躊躇する顔をした仁王。しかし次の瞬間、ちゅっと小さな音を立てて2人の小さな唇は重なった。
「ふぇ」
「ほら、おれがいるからだいじょうぶ」
「ほ、ほんと…?」
「ほんとだよ。だからもうなかないで」
「……」
「……」
「…うん!まさくん、ありがとう!」
私のファーストキスは、もしかして…。