「…………、ん…」
暖かい日差しが部屋の窓から差し込む陽光のなか、Vは不揃いなリズムを刻む包丁の音で目を覚ました。
重い瞼を持ち上げ辺りを見回すが、さっきまで隣に座っていたはずのWの姿がない。
久々のオフを満喫するWと一緒にソファの上でテレビを見ていたのだが、暖かい日差しやクッションの柔らかさが気持ちよくていつの間にか眠ってしまっていたらしい。
知らないうちにテレビの電源は切られていたし、自分の体には薄い毛布が掛けられていた。
Wがやってくれたのだろうか。
ゆっくりと重い身体を起こしそのままキッチンに足を運ぶと、そこには珍しくエプロンを身に纏ったWの姿があった。
「W兄様……?」
「!
V……起きてたのか。まだ寝ててもよかったのにな。
夕飯の支度なら間に合ってるぜ」
名前を呼ぶVの声にWは振り向くと、野菜を切っていた手をピタリと止めた。
「珍しいですね、料理なんて。
何かあったんですか?」
「まぁな。
…急に料理の仕事が今週のうちに三軒も入りやがったんだよ……
やっぱりアレだな、あいつら先週のはなまるマーケットの放送見たんだよ―――やっぱり嘘は吐くもんじゃねぇな」
「………そうですね」
頷きながら苦笑いするVにWはハァ、と面倒臭そうに溜め息を吐いて見せた。
はなまるマーケットとは平日の朝に放送されている主婦をターゲットとした生活情報番組である。
Wがゲスト出演したのは人気企画の一つであるはなまるカフェというトークコーナーで、ゲスト自らが撮影した日常風景の写真を解説しながらレギュラー出演者と共にトークを繰り広げるというものだ。
外面は完璧でも内面はどす黒いWの日常風景に当然写真に切り取り公共の電波に乗せられるようなものなどあるはずもなく、持ち寄る写真全てはVが演出を施した虚構まみれのものとなった。
そんななかでも好評だったのが『週末は僕が作ってます』という言葉と共に紹介された料理―――勿論Vが作ったものだ―――の写真で、普段は目にすることの出来ない極東チャンピオンの家庭的な一面が大いにウケたらしい。
結果Wのもとには『プロ決闘者の真剣料理対決』を始めとした様々な料理番組の仕事が舞い込んでいき、料理なんて殆どしたことのない彼も渋々練習する羽目になったというわけである。
「ホント面倒臭ぇよ…軽はずみに料理出来るなんて言うんじゃなかったぜ…
取り敢えず本見て簡単そうなヤツから作ってみるけど失敗しても文句言うなよ?初心者だからな?」
「えぇっ…それって大丈夫なんですか?
初めてなら僕も一緒に作りますけど…」
「それじゃ意味ねぇだろ。本番じゃ一人なんだから俺が自分で作んなきゃ練習になんねぇんだよ。
出来るって言っちまったモンは仕方ねぇ。
本の通りに自力でやってみるからお前はリビングでテレビでも見てろ」
「…まぁ、そこまで言うなら任せますけど……」
如何せんWは初心者。
本に沿って作ると言えど不安が拭いきれないのも事実だ。
しかしそれがVにとってメリットとなることもある。
これを機に彼が料理をマスターしてくれればVの負担が大いに減る可能性だってあるのだ。
『週末は僕が作ってます』というあの写真がもしかしたら嘘ではなく現実になるのかもしれない。
WはWで口ではなんだかんだと言いながらも今まで見向きもしなかった料理に興味を持ってくれるのは大変喜ばしいことなのである。
ここは新しいことに前向きになっている彼の機嫌を損ねないよう背中を押してやるのが弟であるVの役割だろう。
「…わかりました、お願いします。
兄様が作る夜ご飯、僕も楽しみに待ってますね」
「おぅ。任しとけ」
Wは頼もしくそう笑って見せると、再びVに背を向けて作業に戻る。
彼が料理をするなんて何年振りだろう。
記憶が正しければ幼い頃ににXが夕食を作るのを二人で手伝った以来になるのかもしれない。
慣れない手つきで作業するWの姿を眺めているとほんの少しだけあの頃に戻れたような気がして、それが嬉しくて。
小さな幸せに満足したVは兄の邪魔をしないようにとそのままキッチンを後にした。
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