7月2日


夢ではないか、とVは疑った。


遅めの朝食を終え、することもないのでXが普段使っているノートパソコンを開いてみた、とある昼のこと。
先日買い物ついでに訪れたハートランド博物館のホームページにアクセスしたところ、何やらとんでもないものを見つけてしまった。


「…ネットオークション、出品……」


そう綴られた派手な飾り文字の下には、巨大なトーテムポールの写真が掲載されている。
博物館で見たものと何一つ変わらない、繊細な彫刻と荘厳なデザイン。
遥か昔に人の手で作られたとは思えないほど繊細な曲線がそのフォルムを作り出し、人の顔を彷彿とさせる一つ一つの模様には何人をも圧倒するような気迫を感じた。
数千年の時を越えてなお作り手の魂がそこに健在しているような、そんな一品だった。


「…欲しい……」


古代芸術の結晶とも言えるそれを映し出すパソコンの画面を前に、Vは思わずそう漏らした。


数十年前に発見され、以来ずっとこのハートランド博物館に展示され続けていたこのトーテムポール。

初めてそれをみたとき、言いも知れぬ感動に涙を流しそうになったのを今でも憶えている。
この人の手で形作られた大木に刻まれた一つ一つの彫刻に、強さ、美しさ、そして儚さを感じ取った。
"引き込まれる"という言葉が一番相応しかった。
出来るならばずっと此処で見ていたい、そう思った。

Vはあの日から、一瞬たりともその感情を忘れたことはなかったのだ。


それが今、それが手に届くほど近くに。

オークションということは、金さえ出せばそれが手に入るということである。
こんな歴史的にも価値ある代物を博物館がどうして手放す気になったのかは不明だが、待ち望んでいたVにとってはまたとないチャンスだ。
一体幾らで落とせるのだろう。
十万か、もしくは百万か。
いや、それ以上か。

ブラウザを新たに起動しその相場を調べようとVがマウスを手に取ったその時、


「――何を見ている?」

「うわっ!
……驚かさないでくださいよ、X兄様………」


背後から突然声をかけてきたXに、Vは肩をビクッとさせた。
弟のそんな様子を気に止めることなく、Xはパソコンの画面を覗き込む。


「トーテムポール……ネットオークションか……
この前博物館で君が食い入るように見ていたものだな。
――欲しいのか?」


そう問いかけるXの視線に、Vは即座に冷静さを取り戻した。


確かに欲しい。
だが、買うことは現実的に不可能だろう。

主にXやトロンが原因でWが家計のやりくりに苦労しているのは知っていたし、自分までそんなものを買いたいなどと言い出したらどうなることかわかったものではない。
冷静に考えれば、そんなことが許される筈はないのだ。
さっきはたまたま出品されると聞き舞い上がっていたが、それを無理に買おうとするほど自分は子供ではない。


Vはなんでもありませんと言ってパソコン電源を切ると、溜め息混じりにそれを閉じた。


「無理ですよ…
W兄様があんな必死で働いてるのに僕がこんなもの買うなんて出来っこありません」

「そうか…だが金銭的には余裕があるはずだぞ?
Wは私達には言っていないようだが最近更に取材もテレビ出演の仕事も増えたようだし、先週のリーグ戦では優勝している。
それに君は確かWの口座のキャッシュカードを持っているだろう。
あいつの許可など取らなくても金ならいくらでも下ろせる」


そう言って、Xはパソコンの脇に置いてあるVの財布に目をやった。

日常的に家事雑用をこなすVは、普段仕事で忙しいWの代わりに買い物に行くことも任されている。
口座から必要な現金を引き出すためにWが持つ通帳とは別に発行されているのが、このキャッシュカードだ。
契約した時点でその所有者はVと決まっており、所有者が独自に決めた暗証番号を教えない限り誰もそのキャッシュカードから金を引き出すことは出来ない。

Xはその権限が自分に与えられなかったことを多少不満に思っているらしいが、Vからすれば普段の彼の行いからしてその理由は明らかである。


「…やめてください。
僕はX兄様とは違ってW兄様のお金を勝手に使ったりはしないんです。
そんなことしたら僕のカードまで解約されて買い物いけなくなっちゃうじゃないですか」

「なら、解約されてもいい状況を作ればいい」

「……え?」


唐突なその言葉にVが首をかしげると、突如、デスクに手をつきこちらに視線を送るXの額の紋章が、微かに光を放った気がした。


「………!
兄、様………?」

「君はそれでいいのか?
Wへの気遣い、そんな理由で自分の夢を捨ててもいいのか?
確かにそれを買ったらWへの経済的負担は大きくなるだろう…だがそれはまた働いて稼げばいいだけのこと。
それに対してあのトーテムポールは違う。
一度諦めれば、もう二度と手に入ることはない。
あのときの別れが永遠のものとなっていいのか?
君が感じた情熱はその程度のものだったのか?
そうじゃない筈だ。
君はそんな事情などでは切り離せない何かを、あのとき感じていた筈だ」

「………!」


正面から投げ掛けらるXの言葉は、確実にVの胸に突き刺さっていた。
あの場面が、脳裏にフラッシュバックする。

呼んでいたのだ。
他の誰にもわからないかもしれないが、あのとき、あのトーテムポールは、
確かに自分を呼んでいた。

Vにはわかる。

あのトーテムポールと自分の魂は、確実に共鳴しあっている。
自分達は運命に引き寄せられたのだ。
あの日も、そして今も。

Vは今、気付かされた。
目を背けてきた事実に。

そして、やっと理解した。
これは神様がくれた最初で最後のチャンスなのだ。
逃すわけにはいかない。
ここで動かなければ、自分達は永遠に引き離されてしまう。


目の前で柔和な笑みを浮かべるXはVの肩に手を置くと、その耳元で一層優しく囁いた。


「わかったね、V。
君はいつもWを支えているんだ、少しくらい我が儘をしたっていいじゃないか。
もっと自分の感情に正直になった方がいい。
…なに、心配することなんて一つもない。
君は私の言う通りにさえしてくればいいんだ。
それで全て、手に入る」

「…………はい」


耳の奥を擽るその声に、Vは全身の力を抜くように跪いた。
欲望に溺れる快感を、知った。

この時Vは自分の中の理性に打ち勝ったと感じていたが、それと同時に別の何かに屈したような感触がしたのは、多分気のせいなのだろう。


>>



.
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -