七月に入って一週間も終わりに差し掛かり、夏の暑さが本格的に猛威を振るい始める少し前のこと。


仕事をいつもより早く切り上げ自室の机の上にデッキを広げていたWのもとを訪れたのは、夕食の片付けを終えたVだった。


「失礼します…あっよかった、もう帰ってきてたんですね」


ノックと共にドアの隙間から半身だけこちらに覗かせたVは遠慮がちにそう言うと、数メートル先で腰掛けるWのもとに駆け寄った。


「Vか…珍しいな。どうかしたのか?」


下向きだった視線を少し上にあげると、Wは弟とその奥に見える時計に目をやった。

時間はまだ夜の8時。
確かに、深夜に帰宅するのが常となっているWが家にいるにはかなり早い時間だ。

リビングで本を片手に自分を出迎えたXもそう思ったらしくどうしたのかと訊いてきたが、Wからすれば特にこれといって理由があるわけでもない。
別に今日は何か特別な日だということもないし、たまたま仕事がその時間に終わったので早めに引き上げたというだけの話である。

その証拠に、Wはさっきから腕を組んで昨日練り直したはずのデッキの構築をぼんやりと眺めているだけの時間を過ごしていた。


そんな兄の姿を見て傍に寄ってきたVはなんだか物言いたげな表情でこちらの顔を覗き込み、様子を伺っているようだった。
その意味深な動きが気になったのでなんだよ、と試しに訊いてやると、


「…あの、帰ってきてすぐなのに申し訳ないんですけど…少し出掛けませんか?
行きたい場所があるんです」

「………?」


脈絡もなく告げられたVの言葉に、Wは少し驚いた。

珍しい申し出だった。

歳が近いのもあり家族なかで一番会話が多いのはこのVのはずなのだが、よくよく考えると二人一緒に出掛けるということはあまりない。
普段の生活では自分は仕事、Vは家事雑用その他諸々で忙しく、顔を合わせる時間すら限られている。

そんな弟がわざわざ自分に、それもこんな時間に二人で出掛けようとは、何か大切な用事でもあるのだろうか。

どうしてもというのなら付き合ってやりたいのは山々だが、Vには「一緒にきてください」と言われ付いていった結果胡散臭い骨董品屋に何時間も連れ回されたという前例もある。
出来ればあんなのは二度と御免だ。

もしその類いの用事であった場合、自分の代わりはまだいるはずだ。
いくら弟の頼みとはいえ簡単に付いていくのは賢明ではないだろう。


「…出掛けるって…俺じゃなきゃ駄目なのか?
トロンやXもいるだろ、あいつらどうせ暇なんだから頼めば付いてくるだろうし」

「一応声は掛けたんですけど…その、忙しいって断られちゃって…
本当は四人でいきたかったんですけど」

「使えねぇな、あいつら…」


ということはWが最後の頼みの綱、というわけだ。

トロンもXも、自分は色々指図する割にこちらからの頼みはあまり聞き入れようとしないらしい。
日頃から家にいるのにいざというときに忙しいとはなんとも都合の悪い話だ。
まぁ大方面倒くさがって適当に理由をつけているだけであろうが。


となれば既に二度も誘いを断られているVに対して自分も同じ理由をつけて断るのはかなり酷、ということになる。

確かに今日はいつもより早く帰宅したため時間は余っているし、寝るにしてもこんな時刻に寝付けるとは思えなかった。
仕事に追われた末に帰宅、シャワーを浴びてそのままベッドに直行という普段の生活と比べれば、
暇と言えば暇――かもしれない。


「しょうがねぇなぁ…」


そう言ってWは机の上に並べていたカードを片付けると、気だるそうに立ち上がった。


「本当ですか…?ありがとうございますっ」


ぱっと顔を明るくして喜ぶVを見ると、たまには一緒に出掛けるのも悪くないと思う。
開いていた机の引き出しの全てに念入りに鍵をかけると、Wは椅子の背もたれに引っ掛けておいた上着を羽織り、出掛ける準備を始めた。


「―――で?何処行くんだ?」


既に扉を開け部屋を出ようとしていたVはその問い振り向くと、少し考え込んでからニコリと笑ってみせる。


「…ちょっと、星を見に」


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