「――…はい?もう一度、言っていただけますか?」
孤児院から離れた、お世辞にも綺麗とは言い難い街の路地裏で目の前にいる伯爵に思わず問い返してしまった。
伯爵は心底不愉快だと言いたげに眉を顰めたまま、一般人の服に身を包み、腕を組んで壁にもたれかかりながら先ほどと同じ言葉を一言一句違えずに繰り返す。
「行方不明の子供が出た。名は明かせないが、とある子爵家の十四歳の次男だそうだ。」
「それは何時頃の話ですか?まさか昨日なんて言いませんよね?」
「あぁ、三日程前から姿が見えなくなっていたようだ。…元々遊び歩いていたらしく、嫡男でなかったため余計に気付くのが遅れてしまったとか言っていたがな。流石に子爵家の子息まで襲われたとあって今日、女王陛下から解決を催促する手紙まで来てしまったしな。」
貴族というのは家元を継ぐ嫡男ばかり大切にする風習がある。そのせいで次男、三男はわりと遊び呆けていることが多い。しかしだからと言って、まだ十四の子どもが三日も音信不通で不審に思わないだなんて可笑しな話だと思う。
ここ暫く事件が起きなかったため犯人は別の街に逃げたのかもしれないと噂が広がり始めていたところに、この事件。恐らくまだ一般人には知られていないだろうけれど、それもきっと時間の問題だ。
…どこの子爵家か知らないが、息子が行方不明になったのに気付かないだなんて恥かしくて名前を隠したがるのも道理だろう。
こちらの世界では十六で成人。それまでは子どもは親の‘所有物’で、子どもが犯した罪などは親の責任となる。親は子どもの動向をある程度知っているのが当たり前だ。
一般人ならまだしも、貴族となれば、他の貴族たちに馬鹿にされるのは目に見えている。
爵位持ちである以上家の威厳も落としたくないのだろうが。
「…嫌な話ですね。普通、親は子どもの心配をするものでしょう?三日も音信不通で漸く動き出すだなんて…。」
「そう言うな。貴族内には貴族内で色々と面倒があるものなのだから。」
「はいはい、分かっていますよ。……それで?どう動きますか?」
まだ犯人がこの街にいる。
ならば一刻も早く掴まえて襲われる子どもを減らさなければならない。
…女王陛下から早期解決の催促もされてしまっているなら余計急がないと。
伯爵は顎に手を添えて考えていたけれど、不意に顔を上げて何時も通りの無に近い表情で口を開いた。
「わざと目立ってみるか。」
「ワザと、ですか?しかし目立っても一体どんな意味が…?」
「犯人は顔立ちの綺麗な少年を狙っている。なら、人々の噂に上がるくらい目立てば一度くらいは犯人の目にも留まるだろう。」
「また何かするんですね?」
胡乱な目で見てしまったわたしを気にした風もなく伯爵は見返し、もたれていた壁から背を離した。
ブルーグレーの瞳はどこか楽しげな色を滲ませながら薄暗い路地裏の中で輝く。
わたしが顔立ちの綺麗な男性と街の人々の目のある場所で逢瀬を繰り返す。男同士というのは普通人目を忍んで逢うものなので、人々は興味を示して噂を広める。噂は千里を走るとは言うけれど本当にそんなもので犯人が現れるのだろうか?
というか、わたしが何かするのは決定事項なんですね。伯爵。
溜め息を零しかけたわたしに伯爵は更なる爆弾を投下した。
「相手役は私がやる。」
「………はぁっ?!」
「ガラが悪いぞ。」
「あ、すみません。あんまり突拍子もないことを仰るので、つい…」
なんだってそんな考えに思い至るんだか。
確かに見ず知らずの人間を巻き込むわけにはいかないが、それならエドウィンさんでも良いじゃないか。そう進言してみたら「…彼は妻子持ちだぞ?」と言われてしまった。何だと?あの若さで結婚して子どももいるのか!
思わぬ所で衝撃を受けたわたしに呆れた顔をしながら伯爵は話を進めた。
流石に銀灰色の髪では別の意味で目立つし、噂になってしまうので髪は一般的な茶に染めるらしい。
科学技術があまり発達していないせいか染髪は必要の度にしなければならない。しかも水溶性なので雨に濡れると落ちて悲惨なことになる。
…まぁ、髪を染めて伊達メガネでもかければ顔は誤魔化せるだろう。
「分かりました。では早速明日から始めますか?」
「あぁ。とりあえず明日の朝、迎えに行く。二人で街を徘徊していれば噂もすぐ流れるだろう。」
「徘徊って…。それから、きちんとシャロン嬢とキース、エドウィンさんには話をしておいてくださいね。特にキースには細かく説明しておいていただかないと、彼のことですから妙な誤解をし兼(か)ねません。」
わたしの言葉に伯爵が声もなく肩を軽く震わせて笑った。…笑い事ではないんですがね。
最初の頃、仕事で娼館に訪れたところを目撃された時も勘違いされて大変だったのだ。
何せキースはわたしを‘男’だと思っているのだから、何も言わなければわたしが仕事の合間に男性と逢引していると勘違いして大騒ぎするだろう。シャロン嬢にそれが伝わればからかわれるのは考えるまでもない。
一体どんな姿で伯爵は現れるのだろうと少しの期待と笑いを忍ばせながら路地裏から出て、わたしは孤児院への道をゆっくりと歩き出した。