「あら!そんな沢山のリンゴ、一体どうしたの?」
リンゴがいっぱい詰まった紙袋を持って孤児院に帰ると、予想通りシスターが酷く驚いた顔で声を上げた。
それを聞きつけたらしい数人の子供たちが部屋の入り口からコッソリわたしとシスターを見ている。
その目はキラキラと輝いていて、きっと果物が好きなのだろう。特にリンゴは結構高価なものなので食べる機会も少ない。
普段食べられない物を目にした子供たちの痛いくらいの視線を背中に感じながら口を開いた。
「友達からもらった。」
「そんなに沢山いただいて、平気なのかしら…?」
「なんか売りモンが余ったってさ。腐らせるくらいなら、皆で食えって。」
紙袋をテーブルの上に置くと、シスターは頬に手を当てて困ったような、けれど嬉しそうな様子で袋を見る。
どうしても栄養不足で風邪を引きやすい子供にリンゴは最適なので、あればあったで助かるのだろう。
結局シスターが折れて、仕方ないといった体でわたしを見た。
「…くださった方に今度、お礼を言っておいてもらえるかしら?」
「ん、分かってる。」
返事をして紙袋からいくつかのリンゴを取り出し、調理場へ向かう。
後ろからついてくる小さな足音たちに振り返れば思った通り子供たちが廊下の角に隠れるようにわたしを見ていた。…正確に言うならばわたしの持っているリンゴに視線が注がれている。
あんまりにも素直な様子に笑ってしまいそうになりながらも子供たちを手招く。
「んなところで隠れてんな。皮剥いてやるから、ついて来い。」
「! やったー!」
「りんご、りんごーっ!!」
かけられた言葉が余程嬉しかったのか角から飛び出して来た子供たちは、わたしの周りでキャーキャーと喜びの声を上げる。
傍にいた子供の低い頭を一撫でして歩き出すと後ろからはしっかりついてくる足音がした。
子供はどちらかと言えば好きだ。素直だし、下手な大人より聞き分けもいいし。
何より小さな体いっぱいで感情を表現する姿は癒される。ちょっと心が荒ぶような事件ばかり扱っているとこうした癒しが時々欲しくなる。
…今度伯爵に犬か猫を飼ってみないか進言してみよう。
調理場に着くと子供たちに包丁など危険な物には触らないよう注意しつつ水で軽くリンゴを洗う。艶のある赤い皮が水を弾いてより赤く綺麗な色になるのを子供たちが覗き込んでいた。
せっかく赤くて良いリンゴなのだから皮の色も楽しめるようウサギに切ろう。
子供たちの中でも一番年長の男の子に皿を出してもらいながらリンゴを二つに切っていく。それを子供でも食べやすいように更に切って、だいてい八等分くらいに分け、まな板の上に転がす。
背伸びして見上げてくる子供に思わず苦笑してしまった。
リンゴの皮に切り込みを入れて、端から気持ち厚めに皮を向く。するとウサギの耳となる部分が綺麗に残りウサギリンゴが一つ出来上がる。
「これ何か分かるか?」
「?」
「ウサギ。」
「うさぎさん?かわいい!」
熱心に手元を見つめている女の子に教えてやれば、ほんのり頬を赤くさせてウサギのリンゴを見た。
気に入った様子で良かった。他の子供もウサギ!ウサギ!と嬉しげである。
サクサクと切っては皿に並べていく内に年長の男の子が「僕もやりたい!」と言った。パッと見は十歳くらいだし、気を付けていれば大丈夫…だと思いたい。
とりあえずリンゴを一欠片と小さめの包丁を渡して切り方を教えてやる。
初めてやるせいか男の子の手付きは危なっかしく、慎重にリンゴに包丁の刃を当てていた。
そうして出来上がったウサギリンゴは耳の長さが左右非対照のちょっとだけ不恰好なものだった。
見ていた子供たちは「ながさがちがーう」「へんなのー」と男の子の作品に言いたい放題で、男の子は口をヘの字にして落ち込んでしまっている。
「初めてにしては、出来た方だろ。」
男の子の頭を撫でてやると不満げな表情が見上げてきた。
「うそだぁ。セナはすごいキレイなのに…。僕のは下手くそじゃん。」
「そんなの誰だって初めてはこうだって。むしろ、キレイに出来てる。オレが初めてやった時は片耳なかったし。」
「え?ほんと?セナにもそんな時があったの??」
意外そうにマジマジと見上げられて笑みが零れ落ちた。
誰だって最初から完璧に何でも出来る人間なんていない。わたしだって初めて包丁を握った時は指を切ったし、何度も失敗だってした。
そういう事の繰り返しで段々と人は学んでいくのだから上手い下手よりもまずは挑戦しようという意気込みが大事だと思う。
「だから下手とか変とか言わない。いいな?」
「「「「はぁーい。」」」」
他の子供たちにも注意すれば元気な声が返ってくる。良い返事だ。
リンゴの甘酸っぱい香りが調理場に広がって爽やかな気分になりながら赤い宝石みたいな皮を切っていく。
思えばこの世界に来てからは、こういった事を全くやっていなかった。
妹が小さかった頃はいつもリンゴは必ずウサギ。そうじゃないと泣いて駄々をこねられて何度も困らされたものだ。今では良い思い出になってしまっている。
…あいつ、大丈夫かなぁ。泣いてないと良いけど。
明るく活発的で、でも少し我が侭で気の強い妹の顔がふっと頭に浮かぶ。忙しい両親の事だからきっと妹は一人で家にいるのかもしれない。…一軒家に一人なんて寂しいだろうな。
「全部切れたし、部屋で食べるか。」
「たべる!」
「はやくいこー!」
逸(はや)る気持ちを抑え切れない様子で駆けて行く子供たちの背を追いながら、両手にリンゴの乗った皿を持って調理場を出た。
ウサギリンゴは子供たちの評判がかなり良くて、それから数日間はおやつの時間になる度に強請られて困ったのは後の話である。