少女が席につくのを待ってから料理に手を伸ばす。
目の前で「いただきます」と両手を合わせて彼女自身の故郷の食事をする際の挨拶は何度聞いても、不思議な言葉だ。
少女と親しくなってから、彼女の母国の言葉を幾つか教えてもらったけれど、どれも発音が難しい。
それにアルファベットと違い彼女の母国語は何と三種類も文字に分類がある。ひらがな、カタカナ、漢字…特に漢字は難しくて、自国の文字であると言うのに全ての漢字を覚えている者はいないらしい。
それなのに、そんな文字を使う少女の国は独特な文化故にミステリアスな印象がある。
今使っている“箸”もそうだ。
天ぷらをそれで掴み、ソースをかけて食べる。…あぁ、やはり旨い。
こちらを気にする少女に口の中のものを飲み込んでから感想を伝えた。
「旨いな。」
「…よかったです。」
ニッコリ破顔して少女も天ぷらをつつく。
のんびりとした雰囲気がとても心地好い。
何かと最近は少女を自宅に招く機会が多かったからか、テーブルを挟んだ向かい側に彼女がいても違和感がない。
視線を目の前に移せば丁度少女が海老の天ぷらを食べていた。
小さな口から海老の尾が飛び出ている姿に笑ってしまう。
気付いた少女は頬を赤くさせつつ「リーヴィスさんは笑ってばかりですね。」と若干拗ねた様子で残った尾を皿の端へ寄せた。
まだ遠慮や硬い態度は多いが、慣れて来たのかたまにこんな風に子供っぽい時がある。
少しずつでも心を許してくれてきているのなら嬉しい。
「そうか?」
「はい。リーヴィスさんからすれば、私はまだまだ子供かもしれませんけど…」
「そんな事は無いさ。だがそう感じさせていたなら、すまなかった。」
どうも少女を相手にすると甘やかしてしまいたくなる。
素直に謝れば「ほら、また。」と少女は拗ねた表情から一転、苦笑した。
「なんだかリーヴィスさんは私と話をする時に限って、何時も子供を諭すみたいに話しかけるんですよ?気付いてましたか?」
だから、つい私も話を聞いてしまうんです。
困ったような、けれどどこか嬉しげな声音だった。
両親に心配をかけたがらない癖に、誰かに気にかけて欲しかったのだろう。
その相反する気持ちは分からなくもない。
……しかし、
「君の事はきちんと一人の女性として扱っているつもりなんだがな…」
「…そうですか、」
両親と同じ位置と認識されたくなくて、ワザと女性という単語を強調させた言葉を使う。
すると少女は照れを隠すように視線を泳がせた。
自身を異性だと再認識させることは出来たようだった。
急にソワソワし出す少女にまた笑ってしまいそうだったが、何とかそれを押し止めて食事を済ませる。
食器を片付けていれば少女は自分がやると言って来たが、食洗機に入れるだけなのでエリスは断った。
逆に風呂へ入るよう促し、部屋に着替えを取りに行きかけた少女を慌てて止める。
「薬は飲んだか?」
「あっ」
廊下に消えかけていた背中がパッと振り返る。
その顔は“忘れてた!”とばかりに驚いていた。
戻って来た少女へ水の入ったグラスを渡してやる。
食器棚の隅に置かれていた可愛らしい小さな紙袋の中身を出す。ぺきりと軽い音を立てて薬を取り出し、水と一緒に飲み込んだ。
薄々分かっていたが、やはり彼女は少しそそっかしいらしい。
今度こそ風呂へ送りだし、扉が閉まってから抑えていた笑いを吹き出した。
…あぁ、本当に可愛い。
好意を抱いているからかもしれないが、少女の行動にはどうも庇護欲を非常に刺激される。
守りたい。けれど、からかって怒る姿も見たい。
そんな考えを知ったら彼女はどんな反応を示すだろうか?
リーヴィスの微かな笑い声だけが静かに部屋へ消えていった。
風呂から出た少女は柔らかそうなタオル地の部屋着を着ていた。
淡い水色の長袖のワンピースにキュロットスカートのような同色のズボン。どちらもふんわりとした印象だ。
ワンポイントで胸元に羽根が描かれている。
やはり女性というより少女という表現の方がしっくりくる姿は幼さがあって可愛らしい。
軽くビールを煽っていた此方に気付くと一度キョトンとして、エリスの手の中の物を見て二度ほど瞬きをした。
「ビールって美味しいですか?」
された質問にまたエリスは笑った。
自分がまだずっと幼かった頃、ビールを飲む父親へ向けた疑問と全く同じだったからだ。
「私は旨いと思う。」
「……やっぱり大人の味なんでしょうか?」
「大人の味?」
「はい。小さい頃、父に聞いた時は“この苦さは大人の味だから、まだ分からないだけだよ”なんてはぐらかされました。」
大人の味とは言い得て妙だ。
独特な苦みと麦の香ばしいような香りは、少女にはまだ理解出来ないらしい。
かく言うエリスも数年前はビールの味が分からなかった。分かる、と言うよりこれは味に慣れるものなのだと気付いたのは記憶に新しい。
気になるのかジッと缶を見つめる少女には可哀相だけれど、薬を飲んだ以上飲酒は許せない。
酒は薬の効きに善くも悪くも影響するからだ。Prev Novel top Next