缶に残っていた中身を一気に煽って飲み干す。
まだくっついて来る視線を引き剥がすように缶を専用のゴミ箱へ入れる。
代わりに冷蔵庫から出した小さな紙パックのアップルジュースを少女へ渡す。
子供扱いされたと勘違いしたのか、物言いたげに黒い瞳が見上げてきた。
それに気付かない振りをしてエリスも着替えを取りに自室へ向かう。
着替えを手に浴室へ行きながらダイニングを覗けば、付属のストローで諦めたようにアップルジュースを飲む少女がいる。
忍び笑いを噛み殺して扉から離れた。
脱衣所で服を脱ぎ浴室に足を踏み入れる。
換気はされていたが、残る熱気と甘い香りに包まれた。
しつこ過ぎない控えめな花の甘い香りは恐らく少女のシャンプーのものだろう。
シャワーを頭から浴びてエリスは自分の使い慣れたシャンプーに手を伸ばす。あまり匂いの強くないそれを、普段より多めに使って誤魔化すように髪を洗った。
手早く顔と体を洗い、湯舟には浸からずさっさと浴室を出る。
元々湯舟に浸かる習慣があまり無いので気にはならなかった。
バスタオルで体を拭い、首にかけつつ服を着込む。薄手の黒いスラックスにドレープがやや効いた暗い緑のタンクトップでダイニングに戻る。
扉を開ければまだ少女がいた。
少女はアップルジュース片手にマジマジとエリスを見た。が、すぐに我に返った様子で視線が自然な風に逸らされる。
冷蔵庫を覗き込み、ビールを取り出すか迷ったものの、背中に当たる視線を感じてミネラルウォーターを掴む。
それを三分の一ほど飲んでから少女に振り返る。
「あの、失礼ですがリーヴィスさんってお幾つなんですか?」
今更な気もする質問に、ワザと質問で返す。
「何歳だと思う?」
「二十代後半くらいかと。」
「合ってる。良い目だな。」
あえてハッキリとは年齢を告げずにミネラルウォーターを口に含む。
彼女の故郷は年功序列などにかなり気を遣うと聞く。下手に年齢を教えて壁を作られたくなかった。
少女はとりあえず満足する答えだったのか、手の中にあった紙パックを丁寧に折り畳んでゴミ箱へ捨てる。
少し早いが休むと言った少女に頷き返す。
色々とあって疲れただろうし、体を休ませるのは賛成だった。
「おやすみなさい。」
「あぁ、お休み。」
軽く頭を下げて少女はダイニングを出て行った。
ソファーに腰掛けミネラルウォーターを少しずつ消費する。
入浴前に摂ったアルコールは殆ど残っていない。大して度数もないビールを一本飲んだ程度で酔うほどエリスも弱くはない。
ペットボトルの中身を飲み干し時刻を確認する。少女が寝室に行ってから一時間以上が経っていた。
立ち上がりペットボトルを捨ててダイニングを後にする。
少女が眠っているだろう部屋の扉の前で立ち止まり、室内の気配を探る。
動きはない。
一旦自室へ行き毛布を片手にそっと少女のいる部屋の扉を開けた。
暗い中で規則正しい寝息が微かに聞こえる。
暫しその場で止まり、暗闇に目が慣れてから室内に足を踏み入れた。そっと足音を消してベッドサイドに寄る。
静かな寝息を聞きながらベッドに寄り掛かって座る。
薬を飲んでだいぶ時間は経ったが、何があるか分からない。最初から少女が眠っている間は様子を見ているつもりだった。
何時間も動かずにいる事自体は特に苦ではない。任務では数時間どころか数日同じ場所に詰める時があるのだから、それを思えばマシだ。
少女を起こしてしまわぬよう、ゆっくりと息を吐き出す。
と、背後から小さく身じろぐ音がした。
振り返れば暗闇の中にぼんやりと浮かび上がる少女の横顔は眉を顰めている。
首筋に手を当ててみるが熱は出ていない。
小さな口が声もなく、何かを言いたげに何度も開閉を繰り返した。
夢見が悪いようだった。
逡巡したが、下手に起こせば逆に少女を驚かせてしまうのは明白なので、せめてもと悪あがきのように細い手を握った。
すると弱いながらも細い手が握り返してくる。
しっかり自身の手で細く小さな手を包み、エリスは天井を見上げる。
時計の針の音すらしない部屋に響くのは少女と自身の呼吸音だけ。
自分より少し冷たいその体温は鎖の如く絡み、酷く離し難かった。
瞼を通り過ぎて突き刺さる眩しさにエリスはフッと目を覚ました。
何時の間にか眠ってしまったらしい。
ベッドの上に人影は無く、体にもう一枚毛布が余分にかけられている。
すぐに頭が働いて“しまった”と思った。
少女が起きる前に自室に戻るつもりだったのだ。
触れたシーツは冷たく、少女が抜け出してからかなり時間が経過しているらしい。
部屋から出るが廊下も静まり返っていた。
脱衣所を覗いたが少女はいない。
ダイニングかと思ったが人影はなかった。
一体どこへ行ったのかと首を傾げていれば、ベランダの方から微かに物音がした。
肌寒さを無視して顔を出すと少女がいた。プラスチックのカゴから衣類を取り出し、皴を伸ばしてからハンガーにかけて干す。
「お早う、もう起きたのか。」
驚かせてないために声量を抑えて声をかける。少女は振り返り、穏やかに笑う。
「おはようございます。思ったよりも早く目が覚めてしまったんです。」
「そうか…、」
「? どうかしましたか?」
少女から干された洗濯物に視線を向けて固まる。
干された物の中にはエリスの下着も含まれていた。
下着類は少女が帰ってから洗うつもりだったのに。何とも言えない感情に頭を抱えたくなった。Prev Novel top Next