薄暗く、やや湿り気を帯びた建物内を足音もなく移動する。
世辞にも綺麗とは言い難い壁や床に視線を滑らせつつも、細心の注意を払いながら扉の脇に背をつけた。
扉を挟んだ反対側には部下がいる。その金色の瞳が暗い中でも僅かな光りを受けて煌く。
片手にアサルトライフルを持ち、空いた片手で部下へ室内に突入する合図を送った。
しっかりと頷きが返されるのを確認した後に勢いよく扉を押し開ける。
「武器を捨て地面に伏せろ!!」
室内にいた数人の武装者へ銃口を向けながら叫ぶ。
突然の乱入者に驚き、混乱する武装者達が手元の武器を持ち上げる前に肩を掴み、床へ伏せさせる。
後から入って来た部下にその場を任せ、休む事無く更に奥の部屋へ突入していった。
一仕事を終えたエリスは、拘束の上で護送車に乗せられて行く者達を横目に煙草を吹かしていた。
長期の潜入だったが思っていたよりもスムーズに事が運んだお陰で、一週間程予定よりも早く作戦は完了した。
久しぶりに吸った煙草の苦味を噛み締める。
思い思いに話をしたり、事態の収拾に動いたりする部下たちの一人が近付く。
年若い隊員のその手にはエリスと同様に煙草とライターがあった。
「横、失礼しまッス。」
ジープに寄りかかって煙草を銜えた部下へチラリと一瞥をくれる。
エリスの記憶が確かならば、隊員はまだ未成年だったはずだ。
「…これでやっと休みだな。」
「長かったッスね、今回は。」
警察でもあり、軍人でもあるエリス達はあまり一般的には知られていない特別チームだ。
どんな仕事もこなすが基本的には生死の危機を感じるような、危険極まりない内容ばかりである。
今回はとあるテロリストの逮捕という任務のために、数ヶ月も休みなしで働いていたが、漸く済んだ今となっては長期の休みがエリス達を待っていた。
揃って紫煙を燻らせていたが、唐突に二人の耳につけられた小型無線機のイヤホンから声が聞こえて来る。
本部の通信指令部からだった。
【こちら通信司令部。CS1、応答願います。】
「……こちらCS1。」
吸いかけの煙草を踏み消してエリスが応答を返す。
口を噤む部下の視線を感じつつ、落ち着いた女性の声が緊急の任務を告げた。
現在地からそう離れていない場所で護送中の囚人が脱走したらしい。
囚人は追ってくる警察の手から逃れ、傍にあった大学に立てこもった。
平日の午後ということもあって授業を行っていた教室の一つに乗り込み、偶然居合わせてしまった生徒たちが数人、人質にされてしまった。
人質を無事救い出し、かつ囚人を確保せよ。
任務の内容を一方的に告げ、通信を切られたエリスの渋い顔を見て、部下はうんざりした様子で煙草を携帯灰皿でもみ消した。
「任務って…オレら終わったばっかなんスけど。」
「仕方ないだろう?後もう一踏ん張りだ。」
「……うぃーっす。」
足で踏み消した煙草の吸い殻を拾い上げ、エリスは部下の携帯灰皿に投げ入れる。
通信を聞いていた他の隊員が集まるとジープに乗り込んだ。
それぞれの手には獲物の小銃や狙撃銃が握られている。
…全く、人使いの荒い職場だな。
零れかけた溜め息を飲み込み、運転席の扉を閉める。
そうして現場である大学へ向けてエリスは一気にアクセルを踏み込んだ。Novel top Next