まだまだ言う気なんてなかったのに
隊長と分かれてから、できるだけゆっくり歩いて自室へ戻った。さっさと来いとは言われたが、今回ばかりはそうもいかない。顔が赤いのは私が一番わかっていたからだ。あんなことを言われれば、渡したかった気持ちの方がまた勝ってしまうに決まっている。
自室についてゆっくりとドアを閉めれば誰もいない部屋の小さな机の上にそのプレゼントは居座っている。これをもって向かえばいいだけなのだが、如何せん今は余裕がない。コップに水を注いで飲む。身体中の血液が沸騰したような身体の熱さに水が染み込んでいく。深く深呼吸をして、プレゼントを片手に私は自室を出た。
いつもと同じただのノックなのに手が震えた。
『隊長。本当につまらないものなんですが…』
出てきてすぐにそう口を開けば、まぁ入れぇと言われて、隊長の自室にお邪魔する。でも部屋に入ってしまえば、それは下手すると長居する可能性もある。早く出たい…。
『あの、本当に他の人に比べられないくらいのものですよ?』
「いいぞぉ」
右手で持っていたそれを両手で隊長の前に出す。
せっかく、隊長がいいって言ってくれたんだ。私も喜んで渡そう。そんなことを考えた。
『…隊長。お誕生日おめでとうございます』
隊長がそれを受けとる。そして少し照れたように笑っている。照れているのは、私の方なのになんて思った。
隊長がそれを開ける。中から出てきたのはスクアーロ自身が持つ剣によく似た形のペーパーナイフだった。
『もし要らなかったら捨てるか何かしてください!』
「…ありがとなぁ」
隊長にはきっと気づかれてない。私が朝隊長に似合うであろうアクセサリーを見ても身に付けるものをあげられるような位置に自分がいないからとあげられないと判断した私に。隊長にプレゼントをあげたいという一心でこれを買った私に。
でも、どこか気づいてほしいようなそんな気すらしてしまう。
隊長がペーパーナイフを机におき、私の頭を撫でた。
「俺はなぁ、誰からのどんな高価なモンよりもなまえが悩んで買ってくれたモンの方が欲しいんだぁ」
そんなことを言われれば、期待してしまうというのに。どうしてこの人は。
「…お前意味わかってねぇだろぉ?」
隊長が言った。
『意味?』
「…お前のことが好きだ」
頭を撫でていた手は私の後頭部を押さえ、そのまま隊長の銀髪が目前に現れて唇に柔らかいものが当たる。それが何だかなんて私ですらわかっている。
「…悪ぃ。嫌だったかぁ…?」
『え、あいや…嫌じゃないです』
どうしても好きですなんて言えない。
「…それはどう解釈すりゃあいい?」
隊長の目はどこか楽しんでいるようだった。それもそうである。この時のなまえの顔の赤さといったら尋常じゃないのだ。さすがにスクアーロもなまえの想いに気づいてしまうほどに。
『…隊長。隊長は忘れてしまったかもしれませんが、私過去にヴァリアーに助けられたことがあるんです。それも敵に襲われそうになったところを隊長に助けてもらったんです』
スクアーロの目線はなまえの顔をまっすぐと見ていた。その話をするなまえは今まで見たことがないほど安心したような安らかな顔だった。
『私は、その時から隊長しか見えていません』
そう言うと、隊長の腕の中に閉じ込められて。
「俺は覚えてるぞぉ。まぁお前が入ってきてからだけどなぁ。あの時のガキだと知ったのはなぁ」
あたたかい。隊長の鼓動が聞こえる。
『私、隊長に憧れてヴァリアー入ったんですよ。そして隊長だけをずっとあの日から好きでいましたから』
そう言うと、なんだか今度は隊長が照れてしまったようだ。隊長の顔が赤いのが見える。
「…なら俺のことをこれからも追いかけ続けるんだなぁ。幹部補佐としても恋人としてもよぉ」
なんてくすぐったい響きだろうか。そう思っていたら、また額に唇が触れた。
鼓膜を震わす低音の愛の言葉に私はただただ頷いて、彼の背に腕を回して。また頭を撫でてくれているその手も隊長の何もかも全てが今まで以上に愛しく感じた。
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