哀しい笑顔(兵部)


なんて哀しい笑顔だろう。

初めて彼の笑顔をみた印象はこれだった。何かを慈しむように遠くをみているようなそのあまりにも哀しい笑顔は彼と出逢ってから私のことをずっと悩ませる種となった。

「女王たちをどう思う?」

カタストロフィ号のパラソルの下でトロピカルジュースを飲む私に尋ねる少佐の声。読んでいた本から顔をあげれば、少佐がパラソルの中に入ってきた。なんでこんな狭いところに。そう思ったことは筒抜けだったようだ。

「嫌じゃないだろう?」

そう言っていたずらっ子のように笑う少佐は、哀しい笑顔のときとはまた違う。

言い返しても負けそうな気がした私は、その前に問われた問に対して答える。

『どうもこうもいいと思うし、例え私が嫌だと言ったところで彼女たちを女王として扱うことに変わりはないでしょう?』

クスクスと少佐は隣で笑う。何がそんなにおかしいのか。

「妬いてるって素直に言えばいいのに」

私は念動力で少佐に攻撃しようとしたが、当たったのはトロピカルジュースをのせていた真っ白なテーブル。暖色が宙を舞い、甲板に飛び散る。

「そんなんじゃ僕はやれないよ」

空中でクスクスと笑っている少佐。真っ青な空にあなたのその白銀の髪がはえますね、なんて何度思ったかわからないが一度も口にしたことはなかった。

わかってる。私も本気で少佐に勝てるなんて思ってない。彼と私ではレベルが違すぎるのだ。少佐は高レベルの複合能力者だが、私のレベルはせいぜい5位だ。少佐と比べれば全然大したレベルではない。

「おいで」

少佐が私に手を伸ばす。私は素直にその手を握って、少佐と一緒に空を飛んだ。握られる手は温かい。

「女王たちは勿論大切だよ。同じエスパーとしても、将来のパンドラのためにも」

少佐は私の方を見ずに言った。

「でもそれはなまえも同じさ」

私の方を見た少佐はやっぱり哀しい笑顔をしていて、息をのんだ。そんな顔をさせたい訳じゃないのに。むしろ、私は…もっといきいきと笑ってほしい。私の3倍じゃきかないほど生きている少佐は私が抱えている憎しみじゃ悲しみじゃ全然足りないほどの憎しみや悲しみを背負っている。口にはあまりしないけど、わかる。だからこそエスパーのためにこんな年になっても一生懸命なんだろう。

「…僕がかわいそうだと思うのかい?」

少佐の声がした。あ、手を繋いでいるから…きっと私の考えは筒抜けだ。

『かわいそうだとは思いませんよ。そんな少佐に私はついていくと決めたんですから』

本心だ。勿論嘘をつける状態ではないのだが。

『それでも、少佐の哀しい顔は見たくないんです』

少佐が止まる。引かれてた手は繋いだままで、海しかないところに二人だけ。

桃太郎と言い合いをしていれば、子供のように笑ったり怒ったりする。
真木さんやバベルの皆本を困らせてるときは先程みたいにいたずらっ子のように笑う。
でも時折見せる哀しい笑顔に、こうも胸が痛くなる。

好きな人の幸せを願って何が悪い。

「ククッ」

目の前の男は笑う。それは哀しい笑顔ではなくて。

「なまえがパンドラにいてくれて嬉しいよ」

手を引かれて、少佐の腕の中にすっぽりと入る。

「僕の中の憎しみはきっと消えない。でもエスパーは皆救いたいんだ」

低く甘い声に安心する。

『知ってますよ』

この体温にいつまでも包まれていたいと願っているのは、きっとまた筒抜けだ。

『少佐が笑う未来のために、力が弱い私でも精一杯戦い抜きますから』

そう言うと、ありがとうと耳元で聞こえた。本当にこの人は大人になったり子供になったり忙しい人だと思う。でも、そんな少佐が好きなのだ。そんな少佐についていきたいのだ。頭を撫でる手に心地よさを感じて、私も少佐の背に手を回した。

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