とこやさんと赤犬3






ドアベルの鳴る音に気付き入口を見やると、そこにはサカズキが立っていた。
予約時間のきっかり10分前に来るのと、少し肩を縮めて居心地悪そうに立っている姿はいつもの通りで、俺は思わず笑いそうになるのを我慢しながら彼の方へと駆け寄る。

「お待ちしておりました!」
「待たんでええ」

この会話もいつものことだ。初めて”客”として訪れた日を境に、彼はカットや正式なメニューとなったヘッドスパを利用しにこまめに来店してくれる。もう立派な常連客だ。
この日もがちがちに表情筋を強張らせて来たので、ヘッドスパとついでに仕上げのマッサージもいつもより長めに施す。鉄のように固くなった肩のコリを取るのは一苦労だが、もみほぐしていくしていくうちにサカズキの眉間の皺が伸びていく様子を見るのはとても面白い。

「…ナマエ。なに、ニヤニヤしちょる」

しまった。鏡越しにサカズキの表情を覗いて頬が緩んでいた姿を見咎められてしまい、俺は慌てて別の話にそらそうと目を泳がせ、ふと彼のスーツの胸ポケットに挿してある一輪のバラに目をつけた。

「……あの。サカズキさんはいつも花を挿していらっしゃるなあと思って」
「なんじゃ」
「いやあ、店内をもう少し居心地良くしようと思っているんですけど、花なんかを置くのもいいですよねえ〜」

この言い訳はさすがに苦しすぎただろうか?でもそれ以上サカズキが突っ込んでこなかったので、俺はその話題を続けることにした。
あまりごちゃごちゃしたものを好まない俺の嗜好を反映させた店内は、白を基調としたモノトーンな空間となっている。ただ、女性客をおもてなしするには、この殺風景な内装も変えたほうがいいかもしれないと考えているのだ。
俺の店ではヘッドスパを施術に取り入れてから、有難いことに女性客も少しずつだが増えてきた。さすがに真っピンクやパステルカラーに壁を塗り変える気はないが、花であったり小物などを置いてもいいかなあと思案している。

「まあ、おいおい増やしていこうかなあと。……はい、おつかれさまです!」

俺はサカズキからタオルを外すと、肩のあたりに落ちた髪や糸くずをブラシで軽く払う。
サカズキは何の相槌も打たずに俺の話を黙って聞いていて、なんだか独り言みたいになってしまってちょっと恥ずかしい。まあ、彼に言葉のキャッチボールを求めるのはまだまだ難しいかもしれない。
そんなことを考えながらレジ台に移動してお会計をする。すると、俺の手のひらにはベリー札と、赤いバラが一輪置かれた。

「これは?」
「……やる」
「えっ!いただけるんですか?」
「その辺に飾ればええじゃろ」

なんと、サカズキの胸ポケットを彩っていたバラを頂いてしまった。俺はお礼を言うと急いでシンクへ走り、小さなグラスに水を張って戻る。そこにバラを挿して見せると、それと俺の顔を交互に見たサカズキは少し眉根を寄せた。

「なんじゃナマエ、締まりのない顔じゃの」
「すみません、嬉しいので」

俺は改めてお礼を言いながらも、ついにやにや笑いを抑えられないでいる。そんな俺の顔を睨みつけながらも、サカズキはまた次回の予約をして帰っていった。

後でさぼ…遊びにきたクザンさんにこの話をしたら、すぐに花屋で大量に別の花を買ってきてくれた。本当に対抗意識が強いようで、それを見た俺はそっと苦笑するのだった。

[ 5/7 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -