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  0.5


すとん、とどこからともなく現れたふわふわの帽子に細身の男。いったいこれで何度目なんだろうか。

「そろそろ海軍をやめる気になったか?」

バラバラにされた部下たちを、彼の能力でぐるぐるとかき混ぜ遊んでいる。何回こんな目にあうんだと、今日も大騒ぎだ。私は敵であるその男を睨みつけた。

「…いい加減にして。何をしたいの貴方は」
「俺の目的なんざ、分かってるはずだ。」

カツン、とヒールの音を立てながら190cmに近い身長が私を見下ろす。その表情は私を嘗めているかのようにニヤついていて、さらに腹が立った。腕に隠してある暗器をその体めがけて振り上げるが、きれいに避けられてしまう。危ねェなァ、と喉の鳴らすその男…トラファルガー・ローは一度私と距離をとった。

「デートしようぜ、ニナ」
「ッ私は海軍少佐よ!貴方のような海賊と、慣れ合うつもりはッ」

「状況を見ろよ、少佐サン。これは、ただの”お誘い”じゃねェ」


そう彼のテリトリーの中にいる部下たちは適当に組み上げられていく。
そう…これは、脅迫に等しい。
なんの目的があるかわからないけれど、今部下数十人の命は彼の手の中。医者の一人でもあるから殺生は好まないと彼はよく言うけれど、それだって、海賊なのだ。

「…わかった。だから部下を開放して」
「クク、じゃあとりあえずその体中に仕込んでるモンは預かる」

スキャン、と私の体にある暗器はすべて彼の方に奪い去られてしまった。
オペオペの実、ほんとにむかつく。








「………」

なんていうやり取りがあったのは数時間前のこと。一つとして武器を持たず、なんなら服まで着替えさせられて。じゅう、と彼が奢ってくれた飲み物をストローで吸い上げる。その彼は今先ほど本屋で買ったばかりの医学書に夢中だが。
机の外に放り出されている、上下に組まれた長い足。
ぺら、と本のページをめくる細長い指。長いまつげ。切れ長の目。黒のVネックシャツから覗くいかつい刺青たち。目立つロングコートは脱いだようだが、彼の相棒である長刀はずっとその右手に握られていた。
刺青と刀を除けば、普通の青年だ。

「そんなに見つめんな。…惚れたか?」
「違うわ」
「…バッサリかよ」

チッと舌打ちをして本を閉じる。いいの?と聞くと、アンタが本に妬いてるみたいだから、だって。そんなわけないでしょ。ム、っとして飲み物を飲み干す。

「フ…んな顔すんな、かわいいだけだぞ」
「……ほんと、減らず口」

私の手から空になった飲み物のカップを取り上げ、近くのゴミ箱にぽいと捨てると、カタンと椅子から立ち上がった。そしてさも当然のように、私の手に指を絡める。溜め息をつきながらも、その手にあらがう手段はなく、そのままにする。決して握り返すことはしないけれど。それでも手を払われないことに嬉しそうに彼が微笑むものだから、その表情を見なかったことにして目をそらした。




そのあとも二人でいろいろな店を周ったり、景色を眺めたり。ゆっくりとした時間が流れた。私や店の人と話す彼も海賊だと忘れてしまうくらいにはふつうで、終始驚かされた。闘っているときの姿からは想像もつかないくらい柔らかく笑う男だと知った。

「キャプテン」
「…あァ」

そのさなか、ペンギンが乗った帽子をかぶった男がローに近づいて耳打ちをして去っていった。あのつなぎは、彼の海賊団が揃えて着ているものだと記憶していた。きっと部下の一人だろう。人ごみに紛れて去っていったその背中を見つめていると


「ROOM」


頭上から降ってきた聞き覚えのある技の呼称にはっと隣を見上げると、そこには先ほどまでとは別人というくらい”海賊”の顔をした彼がいた。その代わり、離れるなと言わんばかりに私の右手を握っている手には力が込められている。
海賊だろうなあ。
彼の前に表れて、暴言と挑発を繰りかえす男たち。その挑発に乗ってしまうほど、彼は馬鹿ではないけれど、怒りを感じるには十分の殺気を放っていた。襲い掛かってきたと思っても、一瞬で終わり。私のことを離すことなく、数十人の海賊をなぎ倒してしまった。

「どうする。少佐殿のしたいようにしてやるよ」

そう私に囁く彼は、今朝と同じような声色だった。
私には逮捕するという選択肢しかないのに、まるで”殺してほしいだろ”といいたげな表情。

「そんなの、当然…ッロー!」

名前を呼ぶと同時に体はしっかり動いた。髪を止めていた簪を引き抜いて、海賊めがけて投げる。肩に簪が突き刺さると、ぎゃああ、と叫び声をあげて、彼に向けられていた銃は地面に落とされた。

「…はぁ、油断しないで、…ッ!?」

敵が動かなくなったのを見てからそう彼の顔を見上げようとすると、ぎゅうっと体を抱きしめられる。さすがの私も、これには動揺を隠せなかった。

「っな、なにを」
「………まえ」
「え?」


「名前、…ようやく呼んだな」


顔は見えないけれど、声色はまた優しいものに戻っている。ぎゅうっと強く腕に力を籠められ、苦しいと小さく漏らすとその体は離された。顔を見上げると、嬉しそうに口角が歪んだ男がそこにいた。その表情にあっけをとられてしまい、私はそれ以上何も言えなかった。
私を見つめていた目をそらし、シャンブルス、とつぶやいたかと思うと、いつの間にか海軍の船のそばに立っていた。彼にぼろぼろにされた海賊たちとともに。

「…簪、悪かった」

さら、と髪をなでられる。身に着けているものは武器だと思っているし、私は気にしていない。


「後ろ、向いて」


私はいつからこんなに従順になってしまったのか。彼に言われた通りくるりと回って彼に背中を向けると、髪をまとめて持ち上げられる。できたぞ、というので頭に手を添えると、指に当たってシャラと音を鳴らし、新しい簪がそこに飾られていることが分かった。

「プレゼント。使え」
「…命令口調なの」

使ってくれ、とかそういう言葉で言えないのかしら。
そう思いながらも、いつこれを手にしていたのか、今日ずっと一緒だったのに分からなかったと思いをはせる。

「っ」

と、うなじ付近に柔らかく暖かい感触と、小さな痛み。びくりとしてばっと彼から遠のくと、反応を楽しむようなにやりと笑った彼。そしてその間合いを詰めるように長い足を一歩一歩とこちらへ向かわせる。

「デートを邪魔されたのは腹がたったが…悪くない一日だった」
「…そう」

「また来る」

そう微笑んで私の頬に口づけを一つ落とす。はっとして頬を押さえると、満足げに笑った彼は「シャンブルス」と私の目の前から消えていった。
この一日で、あの海賊にほだされてしまっている自分にむしゃくしゃしながらも、歩くたびにシャンとなる簪は、悪くないと思ってしまった。







むすんでひらいて








ずるい男


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