いろはにほへと ちりぬるを
入隊篇 03

一先ず通された小さな部屋。物置に使われているのであろうその部屋は埃っぽく淀んでいた。なまえといえば、部屋の真ん中で鎮座しその傍に置かれた自身の荷物をただ見つめていた。年頃の娘にしてはその荷物かなり少なく籠一つ、風呂敷一つで事足りた。なまえには自分のものというものがほとんどといって言いほど無かった。自分自身である証明だって無いに等しい。ただここで息をして生きている。それが証明であった。


「なまえ!!!」


ぱっぁぁあああん!
ノックもなく開かれた扉に顔を向けると仁王立ちの沖田。まだ、幹部の顔も名前も知らされていないなまえは首を傾けることしか出来なかった。


「てめーの力量俺がぁみてやりまさァ」


いきなり現れた沖田に視線をゆっくり合わすなまえ。然程驚いた様子もないなまえに沖田は面白くなさそうに再度言う。


「10分後に道場に来なせェ、1秒でも遅れたらどうなるか分かってんだろィ?」


言いたいことを言った沖田はなまえの返事も聞かずに去って行ってしまった。なまえに拒否権は存在しないらしい。いつものこと。女だからと舐められて手を抜かれて、馬鹿にされる。それが嫌で我武者羅と言うわけでもなくなまえは其処ら辺の男どもより腕の立つ侍となったのだ。しかし、このご時世廃刀令が出され侍の魂は奪われた。そこで、魂を奪い取るためだけに幕府の狗になったのだ。


「本当にこの国は女を舐めすぎてる」


素早く胴着に着替えたなまえは髪を纏め上げ、沖田の待つ道場へと向かった。しなやかな身のこなし儚げな趣すらあるなまえが刀を振る姿など誰が想像できようか。


「止めとくなら今のうちでさァ」

「冗談を。止めると言っても今にも襲ってきそうな勢いですよ?」

「っへ、よく分かってんじゃねェですか!土方さん!!」


見物人も揃った。土方は審判として間にはいる。


「総悟、てめぇ手加減しろよ、相手は女だ!始めっ」

「っ!」


先攻はなまえ。その太刀筋を見極め紙一重で交わし反撃する沖田。その、攻撃を竹刀で弾き回し蹴りを仕掛けるなまえ。道場剣術ではないその動きにその場に居た者は瞬きすることも忘れ見つめていた。竹刀のはずなのに真剣のような気魄に息をするのでさえ惜しかった。


「へぇ、なかなかいい動きするじゃねぇか、我流か?」

「トシ、なまえちゃんやるじゃねか!手加減しているとは云え総悟相手に互角に遣り合うとは」

「いや、どうやら俺たちはなまえを見くびっていたらしい。総悟のやつ手加減なんか鼻からしてねーよ」


隊士達の見守る中勝利したのは沖田。しかし、負けた理由は竹刀が折れたから。竹刀が折れなかったら勝負はわからなかった。


「ありがとうございました。手加減しないでくれて」

「変な奴でさぁ、遣り合うってのに手加減するわけねぃだろぃ?」


(トシ、)
(あぁ、とんでもねーじゃじゃ馬が来たもんだ)




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あさきゆめみし ゑひもせすん