私、お姉ちゃんになります
「鹿乃ちゃーん!!母さんのお手伝いしなきゃだめだろー」
「……父さん。洗濯物踏まないでよ!」
「お!すまんすまん。これ畳むように言われてんだろ?」
「鹿乃ちゃんと花壇の水やりしたもん!今日のお手伝い終わりだもん」
奈良家の教育論として“一日一回お手伝い”というものがある。鹿乃はちゃんと朝と夕方の水やりをした。文句も言いながらも洗濯物の横で遊ぶ鹿乃はやりたくない気持ちもあるが、言いつけをしようかという気持ちもあるらしい。シカクはフッと笑い鹿乃の頭を撫でた。「よしよし、」と大げさに撫でると睨みつけてくる鹿乃。ちっこい鹿乃がどれだけ睨んでもシカクは怖くはないが、愛娘に睨まれ精神的なダメージを受ける。
「そう睨むな鹿乃ちゃん。今、母ちゃんはしんどいんだ」
「え」
“母親がしんどい”子供にとってその言葉はとてもショックな言葉。シカクは鹿乃を撫でる手を止めずにニヤニヤと緩む口元を隠せず話す。
「もうすぐ鹿乃ちゃんは姉ちゃんだ」
「ん?何言ってるの?私は姉ちゃんにならないもん!!母さんがしんどくなってるのはその子のせいでしょ?なんで、母さん苦しめるの!!!」
ポロポロと溢れる涙を必死に擦りながら話す鹿乃。“お姉ちゃん=兄弟が出来る”と直ぐに理解した。それと同時に今、母親を苦しめている犯人もその子であるということを。
「鹿乃ちゃん嬉しくないの?」
「嬉しくなんかないよ!父さんは嬉しいの?母さんがしんどいのに!!!」
「……母さんがしんどいのは父さんも嫌だな、」
「!」
「でも、家族が増えることは凄く嬉しいんだ」
「〜〜〜〜っ!知らない!父さんなんか嫌い!大っ嫌い!!」
「父ちゃんは鹿乃と母さんを守る。鹿乃も母さん守るんだぞ?」
「知らないってっば!」
「鹿乃ちゃん、………」
(馬鹿ね)
(鹿乃ちゃんに嫌われた…)
(……大丈夫よ、あなた)
◇◇◇
そんな鹿乃の気持ちとは裏腹に大きくなるヨシノのお腹。もう臨月を迎え歩くのも一苦労のヨシノの傍にはいつも鹿乃がいるようになった。元々賢く気の利く鹿乃は母親の為にその頭脳を使い母親の役に立とうとする鹿乃。
「はい、母さん。お皿、」
「ありがとう鹿乃助かるわ」
屈むことが難しくなってから食器を出すのは鹿乃の役割となっていた。ご飯の準備をするヨシノの周りをちょこちょこと忙しそうに動き回る鹿乃。
「母さん、机拭いたよ」
「ありがとう。あ、そうだ。これ運んでくれる?」
「うん」
上忍である父親は忙しく長期任務こそは少ないが遅くに帰宅することが普通だった。ヨシノと鹿乃の2人。奈良家には2人しかおらずその日は必然にやってくる。
「ぅっ!!!」
「!…母さん、」
腹を抱えて蹲る母親をおろおろと泣きながら傍に寄る鹿乃。汗をたくさん掻き、唇を噛みしめ苦しんでいる母親。その母親を助けれるのは今、自分しかいないと鹿乃は涙を拭い薬棚に向かう。
「母さん、これ飲める?」
シカクが以前調合していた漢方。「母さんに何かあったらこれを飲ませるんだ。それから―――」
「それから……」
◇◇◇
「ちっさいね」
「鹿乃ありがとうね。母さん助かったわ」
「よく母さんを守ったな!」
木の葉病院、9月22日。奈良家に男の子が誕生した。予定より一週間早かったことや病院から離れた環境ということもあったが鹿乃の活躍により母子共に元気だった。
「まさか、本当にやるとはな…。我が娘ながら大した者だ」
ヨシノの窮地を救ったのはもちろん鹿乃。シカクはもしもの為に鹿乃にお産の説明と木の葉病院までの最短で行けるように瞬身の術を教えていた。しかし、5歳の子どもに出来る訳ないと保険程度の気持ちだった。
「お湯を沸かしている間に木の葉病院の先生を呼んだんだよ」
「これは参ったな」
おまけに要領の良すぎる鹿乃に感服するしかない両親。鹿乃がいなければヨシノも今笑っている生まれたばかりのこの子にも会うことが出来なかったのだ。
「よし!お姉ちゃん!」
「!!!」
「この子、奈良家の長男の名付け親になってくれ」
「名前…私がつけていいの?」
「ああ、もちろんだ。な、母ちゃん」
「えぇ、お願いしていい?」
鹿乃の頬に小さな紅葉の葉のような手が。鹿乃の揺れる髪で楽しそうに遊ぶ赤ちゃん。
「………、シカマル」
「「!」」
「奈良シカマル」
(シカマル…お姉ちゃんだよ)
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