東堂:逃げ惑えよ初恋
side 東堂尽八

『尽八くん、美味しいだし巻き卵の作り方、コツ!教えて!!至急!!』

嫌な夢を見た。麗華が例の男と付き合っていた頃に朝早く送ってきたメッセージだ。
この文章を見た時に、ああ、彼女の隣にはその男が寝ているのだろうと容易に想像できて、それと同時に胸の中に広がる灰色の靄が俺を1日悩ませた。結局何の強がりか、返事をしなかった俺に、数時間後、歪な形の卵焼きの写真を送ってきた彼女は『失敗したけど美味しいって言ってくれた』と嬉しそうに連絡をしてきて勘弁してくれ、とブルーライトが光るその画面に向かって吐き捨てたものだ。

***

「カンパーイ」

ちょうど明早の近くまで行く用事があり高校時代の仲間に声をかけるとフクは残念ながらバイトがあると断られたが、新開と花咲が夕飯に付き合ってくれることになった。

「花咲、随分可愛らしいネックレスだな」

幸せそうな二人への羨望の気持ちを、ずるい形で吐き出す。

「…えへへ」

高校時代から隼人への気持ちがダダ漏れだった彼女の隠さずに見せる好きの気持ちが羨ましくも感じた。

「ったく、尽八、知ってるだろ」
「ああ、まあな」

記念日にプレゼントしたいと、荒北、フク、俺とのトーク画面に候補のネックレスの写真を送ってきたのはもう半年以上前だったか。花咲にはどれが似合うと思う?と聞いてきた隼人に、3人とも丁寧に返答したというのに、全く違うネックレスを買ってきた。

『芽依にはやっぱり、これの方がいいと思って』

そう、次の日の夜隼人から送られてきた時には、そんなんなら初めから聞くなと荒北に突っ込まれていたが、実際にそれをつけている彼女を見たら、確かに、隼人が選んだネックレスが一番花咲には似合っている気がした。

「お前たちは相変わらず仲がいいな」
「東堂は浮いた話ないの〜?相変わらずあれやってるの?あのー、なんだっけ、サイレントビューティーみたいなやつ」
「ヒュウ、3年前まで耳が痛くなるくらい聞かされてたのに平気で忘れられる芽依が好きだぜ」
「スリーピングビューティだ」
「ああ!それ!」
「まあ、求められればやる、ファンは大切にしないとな」
「そう、でもさあ、ファンじゃなくて」
「ああ」
「いないの、特別な子、みたいな」
「…いない」

頭をよぎった麗華の顔を必死で消して花咲にそう答えると、隼人がニヤリと笑った。

「本当か?尽八」
「何が言いたい」
「可愛らしい仲居さん」
「仲居さん?東堂庵の?」
「覚えてないか?大1の時に泊まらせてもらった時いたさ」
「麗華は違う!」

少し、ムキになって否定をしすぎたと気がつく前に、ヒュウ、と隼人のような口ぶりで目の前に座る花咲が、笑う。

「…本当に違う」
「へー」
「違うからな、大体アイツはただの幼馴染で」
「へー、幼馴染なんだ」
「随分変な男とばかり付き合うから心配しているだけだ」
「ふーん」
「この前も彼氏に浮気されたとかなんとか言ってだな」
「へぇー」

へー、だとか、ふーん、だとか、そんな相槌ばかりをにやけた顔で続ける花咲の横で、それはさぞ楽しそうに笑う隼人を睨みつけるが、隼人は御構い無しに目の前に届いたビールを口につけた。

「幼馴染か、いいな、好きだったこととかないのか?」
「……」
「あ!あるんだー」
「花咲、指をさすな!」
「ムキになっちゃって」

ヒュウ、と隼人の真似をして囃し立てる花咲には、何を言っても無駄だろう。

「いつ好きだったの?昔?小さい頃?」

だから何故、好きだったと決めつけるのか。まあ、好きだったわけだが。

「……中学生の頃の話だ」
「意外」
「はあ?」
「昔から俺はみんなのものだ!ワハハ!巻チャーン!って、感じだったのかと思った」
「お前、馬鹿にしてるだろ」
「うん、バレた?」
「それでおめさん、あの子のことは下の名前で呼んでんだな」
「………何を言っ…」
「靖友と、尽八の元カノか?って言ってたんだよ」

そういえば去年、荒北にも麗華のことを言われたな。

「………とにかく違う」
「えー?なんで好きじゃなくなったの?」
「好きじゃなくなったわけじゃ…」
「へーえ」

俺としたことが。

「好きじゃなくなったわけじゃないんだ?」

ニヤニヤと、目の前のバカップルが同じような顔でこちらを見てくるからバツが悪い。

「………関係ないだろ」
「大切な元チームメイトの恋の悩みくらい聞いてもいいんだぞ」

語尾にハートマーク付きで、明らかに好奇の目で俺の恋愛話を聞き出そうとしている花咲と、その横で楽しそうに笑う隼人に、力が抜ける。

「……中学の途中で」
「うん」
「よそよそしくなったんだよ、麗華が」
「へー」
「それで、それっきりだ」
「え?」
「え?」
「いや、え?」
「だから、それっきりだと」
「え?いつもの自信はどこに行ったの」
「……まあ、中学の頃の話だからな」
「ふーん」
「高校からはロード一筋だ」
「まあ東堂がいいならいいけどさ」
「好きか嫌いかで言えば好きだが、あまりにも幼馴染でいた期間が長すぎてな」
「そっかあ」
「幼馴染の恋なんて憧れるけどな」
「え、やだ、隼人、もし幼馴染いたらそっちと付き合ったの」
「や、そういうわけじゃ」
「うわーー」

俺の話から逸れていく話題になんとなく笑いながら、目の前の卵焼きをつまむ。

そういえば、麗華の卵焼きはどんな味なのだろう。

俺の知らない彼女を知っている男がこの世に何人もいると思うと、また心が暗くなりそうで考えるのをやめた。

「尽八のその子、今は彼氏いんの?」
「いや、この間別れたらしい」
「立候補しとけば?新しい彼氏候補」
「何言ってるんだ、今はもう、そういうんじゃない」

花咲が御手洗に立った時に隼人に言われたその言葉への返事は、自分に言い聞かせるための言葉だったのかもしれない。

我ながら情けないな、俺にもいつかこの二人のようなお互いを大切にし合えるような相手ができるのだろうかと考えながら、帰り道、手を繋いで歩く二人の背中を眺めた。
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