荒北:ショートケーキ行進曲
朝起きて、私の誕生日に合わせて有給を取ってくれた靖友くんの寝顔を眺める。

『お誕生日おめでと、毎年私がお祝いしてたのに今年は荒北に取られたなんて悔しすぎるけど、素敵な1日にしてね!荒北に私の亜梨沙を取ったんだからちゃんとお祝いしろ!って伝えておいて!』

「ふふ」

スマホを見れば、芽依からのメッセージ。

大学生の頃出会ってから毎年、誕生日は芽依がお祝いしてくれてたなあ、なんて思い出す。去年は二人で行列ができるパンケーキ屋に行って、パチパチと小さな火花が可愛いロウソクがささったパンケーキに『亜梨沙誕生日おめでとう』のメッセージプレート。プレゼントは名前が刻印されているリップだった。で、私もその次の芽依の誕生日に芽依に似合いそうな同じブランドのリップをプレゼントして、ふたりの口紅を並べた写真をLIMEアイコンにしたら、芽依が新開くんに心底不服そうな顔をされたと笑っていた。

「亜梨沙チャン」

腕が私の腰に伸びてきて、振り向けば前髪が目にかかって少し色っぽい靖友くん。

「靖友くん、おはよ」
「誕生日オメデト」

幸せだ、こんな幸せな誕生日があるなんて思ってなかった。と言ったら多分芽依がいじけるけど、そうか、毎年芽依の誕生日は翌日に祝っていたけど、彼女は当日こんな幸せな誕生日を過ごしていたのか。

「…ありがと、どうしよ、幸せかも」
「かもォ?」
「…幸せ」

私の返事に満足そうに笑うと、私の髪をグシャっと触って、そのまま後頭部に回された手が私の顔を靖友くんのすぐそばまで。

「オメデト」
「うん」
「……」

キス、しないのかな。

「シたいのォ?」

スッとパジャマの裾から入ってくる手をパチンと叩く。

「ンだよ、シたそうだったじゃねェか」
「違うもん、ちゅーしたかっ…」
「……へぇ」
「なんでもない」

ニタニタと笑みを浮かべる靖友くん。おかしいな、今日は私の誕生日なのに。

「オメデトのチュー?」
「…もう」
「だけじゃ足りねェな」

せっかく早起きしたのになんて思ってもない文句を言う私の口を靖友くんの唇が塞いで二人の世界。

「靖友くん」
「ン?」
「好き?」
「…わかンだろ」
「誕生日だから」
「バァカ」

好きに決まってンだろ、と耳元で囁く靖友くんの声が大好きで、毎日毎日好きを更新して本当に困る。

「私も好き」
「知ってる」

幸せすぎる、生まれてきて良かった、漏れ出したその言葉を聞いて靖友くんは笑った。

***

靖友くんが誕生日にうちに来ると言った時、私がリクエストしたこと。

『じゃあ、一緒にケーキ作りたい!』

私のその言葉に、一瞬面倒臭そうな顔をしたのを見逃さなかったけれど、渋々頷いてくれた靖友くんに抱きついて、その日はそのまま二人でお揃いのエプロンを買いに行った。

「ンとに、ケーキ買わなくていいわけェ?」

もう当日だと言うのにまだそんなことを言っている靖友くんに笑いかけて「いいの!」と言うと、諦めたように「うめェケーキくらい買ってやるのに」とブツブツ言いながら手を洗い始めた。

二人で作るショートケーキ。たまにお邪魔する靖友くんの家で台所に立って私にご飯を作ってくれる靖友くんの姿が好きだから、こんなリクエスト。夜ご飯作って欲しいにしようと思ったら、夜はレストラン予約したからと拒否されてしまった。

「んー!いい香り」

あっという間に焼きあがったスポンジケーキ。

「これくらいィ?」

靖友くんがミキサーで混ぜている生クリームをこちらに向ける。

「んー?もうちょっと」

ペロ、と指でつまみ食いをすると、靖友くんが口を開けた。

「え?」
「俺もォ」
「えー」

笑いながら指にクリームを取って彼の唇に持っていく、あ、やばい、恥ずかしいことしてるかもと気がついた時にはもう遅くて、靖友くんの瞳から目が離せない。そんな私の指を口に含んでペロリと舐めた。

「甘…」
「…い、いいの」
「こんな甘いのかヨ」
「…ケーキに乗っけたら美味しいから」
「亜梨沙チャン、顔真っ赤だけどォ?」
「もーー!!いいから早くかき混ぜて!」

パタパタと靖友くんの横で顔を仰ぐ私を見て笑う彼が本当憎らしくて愛しくて大好きだ。

「塗ろっか」

スポンジケーキに生クリームを塗って、絞り袋に残りのクリームを詰める。

「ハ、なにこれ難しすぎィ」

その絞り袋でのデコレーションを始めるときに「俺がやる」と言い出したのは靖友くんだ。

「あはは、変な形」

いいのだ、変な形でも、クリームがぐちゃぐちゃでも、いちごの場所がアンバランスでも。靖友くんが手に肘に色んなところにクリームをつけながら格闘してくれたことが嬉しいのだ。

「マジでムズい」
「いちご乗っければ大丈夫だよ」
「ンとにィ?」

あ、クリームのついた手で。

「ふっ…はは」
「ンだよ」
「かわいい、写真撮っていい?」
「ヤダ」

そんな言葉を無視して写真を撮って見せる。鼻にクリームをつけた靖友くん。

「ハァ?ンだよ、もう、ちょ、亜梨沙チャン取って」
「ふふ、しょうがないなぁ」

タオルを取ろうと手を伸ばすと、その手が掴まれて。

「口でェ?」
「は…やだ!ぜったいや!」
「ンで」
「恥ずかしいもん」

ジーーっと私を見つめる靖友くんの瞳に動けなくなるけど、少し目線をずらせば鼻についたクリーム。思わず、笑ってしまう。

「アー、ッゼ」

その言葉とともに、靖友くんの唇がわたしの口に触れて、靖友くんの鼻についていたクリームがわたしにもくっつく。

パク、と鼻を食べられて。

「やっぱすげェ甘い」

何だろう、どうしてたまに靖友くんってこうとんでもないことしてくるんだろう。

「…ホラ、俺ンも」

するしかないじゃない、そんな目で見つめられたら。

「もう…」

靖友くんの真似をして彼についたクリームを食べたのをきっかけに、気がついたらリビングのソファでわたしに覆いかぶさる靖友くん。おかしいなあ、あといちご乗せるだけだったのに。なんて、こっちに移動してくるときにスマートにそのケーキを冷蔵庫に入れた彼を思い出してちょっと笑うと、またムスッとした顔をしながらキスをした。

***

「いちご、乗っけても外すなら意味ねェだろ」

もう時刻はおやつ時。ソファで彼の肌に触れたあと、ようやく再開されたケーキ作りは、いちごを乗っけて終了。せっかくだからと1切れずついただくことにした。

大好きなものは最後まで取って置くタイプな私がいちごを避けたのを見てそう発した靖友くん。

「好きなものは後から食べたいの」
「あんなにいっぱいあンだから、普通に食べればァ?」
「いいの!」

美味しいね、と言いながら食べ進めたケーキ、最後のいちごにフォークを刺そうとした時、隣からヒョイ、とやってきたフォークが先にそれを捉えた。

「えー!だめ」
「ちげェっつの、ン」
「え?」
「口、開け」

どうやら、アーン。

普段恥ずかしがってそんなこと絶対しないのに。

「あーん、って言って?」
「ヤダ」
「お願い」
「……ヤダ」
「誕生日プレゼント」
「やっすい誕生日ダネ」

バァカと、いつもの言葉とともに近づくいちご。

「…ン…あーん」

ああ、失敗、誰かビデオ回しておいてよ。

靖友くんが食べさせてくれるいちごは、数倍甘い。

「世界一美味しい」
「そりゃ良かった」
「今までの人生で一番幸せかも」
「ハイハイ」

そのあとした口づけは、いつもよりももっともっと甘くてクリームの味がして、やっぱり世界一美味しい。

「オメデト、来年はケーキ、買うわ」

来年も、お祝いしてくれるつもりなんだなぁと嬉しくなりながら頷くと幸せそうに靖友くんはわたしの髪を撫でた。

***

結局、夜ご飯で連れて行ってくれたレストランで食べた料理に「人生で一番美味しい」と発言したわたしに、呆れたように「亜梨沙チャンの一番はやっすいねェ」と笑いながら、胸ポケットに隠していたネックレスを出した靖友くん。

「嬉しい」

彼がつけてくれたその可愛いネックレスに触れながらそう伝えると靖友くんは意地悪な顔をして「人生で一番?」と笑った。

「人生で一番幸せ」
「ンとに安いな」

だって本当のことだよ、と心の中で伝える。

「ンでもじゃ、また次の人生で一番幸せは俺が更新してやっからァ」

………ごめんなさい、安い一番で。でも、今また、更新されちゃったみたいです。
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