悠人:意固地の塔、プライド崩し
side 新開悠人

『新開隼人の弟』

どこに行くにもくっついてくるこの言葉に嫌気がさす。

「なんなんだよ、弟、弟って」

ドン、と誰もいない部室のロッカーを叩きながら吐き出した。

その瞬間、カタ、と何かが落ちる音がして。

「え?」

振り向くとそこには気まずそうな顔をしていた同じ1年のマネージャーがいた。

「あー、えっと、ごめん?」
「なんで謝るわけ」
「…それもそうだね」

小さく笑った彼女が俺の叩く音に驚いて落としたらしいペンを拾った。

「新開くんさ」
「何」
「…いや、んー、なんでもない」
「ハァ?言いたいことがあるなら言ってよ、何?兄貴のこと聞きたいの?」
「… そうやってすぐ決めつけるのよくないよ」
「は?」
「先輩にはちゃんとした方がいいと思うし」
「何それ」
「…余計なお世話だとは思うけど」

ムカつく、偉そうな口を叩いて。

「わかったような口利かないでくんない?マネージャーのくせに」
「…そうだね、ごめん」
「どうせ男目当てで入ったんでしょ」
「…は?」
「真波さん?黒田さん?かっこいいもんね、あ、それともOB?残念だけど隼人くんは紹介してあげ」
「何それ」

広げていた部誌を静かに閉じてこちらを睨んでくる彼女に負けじと冷たい視線を送る。

「…私は残念ながら新開くんの自慢のお兄さんにも真波さんにも黒田さんにも興味ないから」

ため息をついて「分からず屋の新開くんには信じてもらえないだろうけど」と同い年のくせに大人ぶった態度をとる彼女にさらに苛立ちを募らせながら、席を立つ彼女を目で追う。

「じゃ、お疲れ様」

冷たい目のまま俺に小さく笑いかけた彼女は、静かに部室のドアを閉めて出て行った。

***

それからしばらく経ってのことだった。
葦木場さんと走って、その強さを目の当たりにした。自分が捨てたい隼人くんの弟という立場を、自分が利用しちゃいけないと思った。

「ひろってこい、ゴミを」

そう葦木場さんに言われて、一緒に行くというのを断るとすんなり引いた葦木場さんが思い出したように一言付け加えたのだ。

「楓ちゃん」
「はい?」
「ウチの部活のマネージャーは恋愛目当てで入って務まるような仕事じゃない」

葦木場さんがこの間のことを聞いていたのかは知らない。

冷静に振り返れば、この間のことは完全に八つ当たりだった。彼女が必死にマネージャー業を覚えていること、そんなことはもう俺だってわかっていた。

先輩たちに謝って、気持ちを切り替えて、葦木場さんと走る練習が楽しくなって。

「新開くん、タオル」
「…どうも」

なのに、どうしても彼女には謝れなかった。

***

「花咲さん!お久しぶりです、卒業されたのに申し訳ありません」
「泉田久しぶり〜、全然平気だよ、ちょうど試験近くて部活もなかったし、火曜日は授業午前中だけなんだ〜」

夏休み突入目前、もう少しでインターハイ。無事、俺がインターハイのレギュラーメンバーの座を掴んだ頃、部室に聞き覚えのある声の持ち主が入ってきた。

「あ!悠人くん!やっほー」
「…芽依ちゃん?」

つい先週末、インハイ前最後の部活休みを利用して帰省した時に隼人くんが「彼女」だと連れてきた、その人。

「そうか、悠人は知ってるのか」
「先週ぶりだね」
「新開さんはお元気ですか?」
「うん、インハイ観に行くって楽しみにしてたよ、泉田ちゃんとやってるかなー?って」
「芽依さん本当に新開さんと付き合い始めたんですねぇ」
「真波〜!!元気にしてた?」
「芽依さん、インハイ観にくる?」
「行くよ〜もちろん」

真波さんがピョコピョコ芽依ちゃんの後ろをついて歩いている。

「芽依ちゃん何しにきたの?」

俺のそばに来た彼女に問いかければ。

「花咲さんにインハイの時のマネージャーの仕事、雪島さんに直接引き継いで欲しいって無理なお願いをしたんだ」

泉田さんが代わりに答えてくれた。

「よかったねぇ、マネージャー入って」
「本当っすよ、花咲さんいなくなってどうしようかと思ってましたから」

黒田さんが笑って芽依ちゃんと話していて、本当に彼女はここでマネージャーをしていたんだ、なんて当たり前のことを思った。

「すみません、マネージャーもう少しでくると思うので。今日日直らしくて少し遅れると」
「うん、全然平気〜」
「座っててください」
「ありがと」

泉田さんとの会話を終えて俺の目の前に座った芽依ちゃんがニコニコと笑いかけてくる。

「隼人くん昨日連絡したのに教えてくれなかった」
「そうなんだ」
「ていうか先週教えてくれてもいいじゃん」
「先週はお母さんとお父さんがいて緊張して忘れてた」

目の前でケラケラ笑っている彼女は幾分先週より肩の力が抜けているようだ。

彼女を連れて来た隼人くんに舞い上がった母さんが山盛りの夕飯を食卓に並べた先週。隼人くんの彼女である芽依ちゃんとは、かなり打ち解けることができていた。

「ね、マネージャーさんどんな子?」
「…知らない」
「知らないわけないでしょー?」
「話さないもん」
「悠人くん女の子苦手なの?」
「違うし」
「マネージャーは1番のサポーターなんだから、大切にしといたほうが未来の自分のためだぞ」
「うるさい」

ニヤニヤ笑う芽依ちゃんに冷たい視線を送ったところでドアが開いた。

「すみません!遅くなりました」

目の前の芽依ちゃんの顔にパァッと花が咲いて、部室のドアの方を向く。

「雪島さん、お疲れ様、先輩いらっしゃってるから、来て早々悪いけど先に紹介させてもらえるかな?」
「はい!」

泉田さんが連れて来たマネージャーの方を見て満面の笑みを浮かべる芽依ちゃん。

「はじめまして、雪島楓です。すみません。せっかくお越しいただいたのに遅刻して…」
「全然気にしないで!はじめまして!花咲芽依です!宜しくね。わー!女の子の後輩嬉しいな」

マネージャーに手を差し出して握られた手を芽依ちゃんがブンブン振る。

「…芽依ちゃん、マネージャー困ってるよ」
「ごめんごめん、着替え終わったら早速引き継ぎしよっか」
「はい!」

嬉しそうに話すマネージャーと芽依ちゃんを横目に、そろそろ練習に出ようかとジャージを羽織る。

「あ、悠人くん」
「何?」
「パワーバーあげる、隼人が悠人くんに渡してって」
「わ、ラッキー、ありがと」

もらったバナナ味のパワーバーを仕舞って部室を出た。
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