野獣の恋人
※荒北くんが彼氏です
「きゃーーーーー!!!」
「すみません!!」
事故だ、思わず謝ったけれど、俺は悪くない。そうだ、俺は悪くない。俺は悪くない…よな?
バタン!と大きな音を立てて閉めた部室の扉の前、俺は頭をよぎるさっきの光景を必死でかき消していた。
− 遡ること、3分前。
その日は委員会の仕事で部活に参加するのが遅くなって、もう既に部員たちは外周に出ている時間だった。急がなければ、と思いノックをせずにドアを開けた俺の目の前に飛び込んで…………ノックしなかった俺が悪いのか?
「はあ…」
悲鳴にも似た驚きの声が聞こえてから数分、俺の頭から消えない光景。
するり、とそこを覆っていた布、なんて言うと余計にエロさを増すから言い直そう、制服のシャツが背中から落ちて、そこに見えるは白い肌、横に1本、細い布は、ピンクのレース。透けてるやつ。
物音に驚いて振り向いた時に手に持ったシャツの隙間から見えた意外な谷間。そこに散らばった赤い幾つかの痕が余計にエロ………
「はあ!?!?」
赤い痕ってアレだよな?え?彼氏だよな、彼氏って荒北さんだよな、うわ、荒北さん?まじか、そっか、うわー、すげー見ちゃいけないの見た気がする。
と、悶々頭を抱えていると、背中にドアが当たった。
「ごめん…」
「うわっ!わ、い、いや俺もその、すみません」
「見た?」
「えっ、いや、あの、見てないっす」
「ほんと?」
「はい!こう、シャツで、全然、その…見えなかったんで」
消えろ、ピンクのレース。
消えろ、推定Dカップの谷間。
消えろ、荒北さんのマーキング。
「良かった、今日の下着黒いセクシーなやつだったからさあ、見られたら恥ずかしいなって」
「え?」
必死でピンクのレースを消してる横から投げ込まれた、事実と違う言葉に思わず顔をしかめると、目の前の名さんはハハーン、としたり顔。
「黒田のエッチ!バカ!見たんだやっぱり!」
「ちがっ、うわっ、ちょっ、たたかないでくださっ」
「わーーー」
ポコポコ、痛くないパンチが俺の胸元を叩いていたその時、後ろから声が落ちてくる。
「ンにやってんだヨ」
「わっ、靖友」
「荒北さん!」
救世主、現る、と思ったのに。
「黒田ァ?なに顔赤くしてンだよ」
「はっ?いや、赤くない、赤くないっす」
「アァ?スンゲェ赤いけどォ?」
「ちが…不可抗力っすよ」
「何がだっつーの」
「バカ黒田!言うな変態!」
「へんたっ…俺悪くないでしょう!?」
「変態ィ?何したんだよ」
「違いますって、大体名さんがあんなところで着替え」
「わーーーーーーーーーーーーー」
バカ黒田、と名さんが小声で呟いたのに気がつくも、時、既に遅し。
「黒田ァ、コッチ来い」
「んでですか、俺悪くないのに……」
渋い表情の荒北さんに首根っこ掴まれて部室の裏へ連れていかれながら、ああ、俺、これから絶対入る前はノックするようしよう、と反省する。そんな時でさえ頭をよぎる谷間にレースに白い肌、勘弁してくれ。
「ンでェ?何見たわけェ」
「いやっ…何、いや…まあ」
「ンだよ」
「名さんが、着替え中だったんすよ、俺悪くないっすよ!?」
「ンでアイツ更衣室で着替えねェんだよ」
「そうでしょう?俺悪くないです」
「ンで、どこまで見た」
「いやっ…」
「脱いでたァ?」
「あの、」
「あンのバカ」
「いや、見てないです」
「ピンクのレース」
「っ…」
「ハイハイ、エリートチャンには刺激強めのなァ」
「ちがっ…」
このカップルは一体なんなんだ。
俺の反応で全てを悟ったらしい荒北さんはため息をついて一歩こちらにジリリと寄った。
「…………テメェ、今見たもの全部忘れろ」
すごい形相で壁ドンされて、俺に壁ドンしてどうすんだ、なんて突っ込む余裕もない。さすがあんな何箇所もキスマークつけるだけあるな、この人の独占欲なんて考えていたら、声に漏れてたらしく、荒北さんが「ハァ!?」と声を上げて少し耳を赤く染めた。
「……今度見たらコロス」
まじで、やられそう。
ブルル、っと身震いしそうなその形相に思わず頷きながら、やっぱり頭から消えない名さんの白い肌。
結局、荒北さんを見ても名さんを見てもあの光景がチラつくようになってしまった俺が忘れようと数週間苦しむのはこの後の話。