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名と呼ぶようになってから、俺たちはたくさんの思い出を重ねた。
元々推薦で明早に進む予定だった俺に「実は私も推薦で明早大なの、なんか恥ずかしくて言えなくて」と照れながら教えてくれたのは9月末のこと。その後、無事彼女と俺は推薦入試を経て明早大学に合格した。
学校中に彼女と付き合っていることが広まってからは、週に一度二人でうさぎ小屋の前でお昼を食べた。名が作ってくれる弁当は母さんには悪いけど人生で一番美味しい弁当だと思った。
部活を引退してからは制服デートをしたいという彼女の我儘を叶えるべく放課後、色んな場所へ出かけた。恥ずかしがっていた写真も今や簡単に二人で撮れるようになって。お互いの携帯の待ち受けは俺と彼女とウサ吉の3ショットになった。
初めてのキスは1ヶ月記念に出かけた遊園地の観覧車で。顔を離した後、照れながらこちらを覗き見る名にもう一度キスをすると、「は、隼人くん!」と慌てていたな。今じゃ名からしてくるくらいだけど。
二人で過ごす初めてのクリスマス。帰省の関係でクリスマス当日より少し前の日にデートをしていると、彼女が「今日は友達の家に泊まるって言ってきた」なんて、腰が抜けるような大胆なことを言って。据え膳喰わずは何とやらと、初めての夜を過ごした。
それから、年明けには彼女の家に挨拶に行った。名と同じような笑顔を浮かべる彼女のお母さんはとても優しくて、お父さんは最初は微妙な顔をしていたけれど、名が俺の良いところは…と、プレゼンを続けるから、「こんな名は初めて見たな」と笑っていた。
卒業を控えたある日、名の家に遊びに行った時に、名には秘密で同棲の許可を得て。その後、名に一緒に住もうと言った時は、泣いて笑っていた。
そして今日、2人の部屋で初めての誕生日を迎える。
***
『隼人くん、もう帰ってきて良いよ』
名に朝早く、ちょっと準備したいから自転車でも乗ってきて!と部屋を強制的に追い出されてから1時間。彼女からのLIMEを見て意気揚々と自宅へ帰る。
『インターホン押してね』という彼女のメッセージを見る前に家に着いてしまった俺はそのまま鍵を回してドアを開けた。
「え〜!隼人くん!ピンポンしてよ!」
慌ててリビングからパタパタと音を立てながらこちらへ向かってくる彼女の手にはタイミングを失ったクラッカー。
「もう…」
不服そうに彼女はその手に持った紐を引いた。
サプライズにならないタイミングでパンッと音が鳴って中から色とりどりの紙吹雪が飛び出してくる。
「悪い悪い」
彼女の可愛く巻かれた髪にくっついた紙吹雪を取ってやりながら、苦笑いで彼女に謝ると、頬を膨らませて俺の手を取る。
「お誕生日、おめでとう」
昨日の夜、ベッドで身体を重ねた後、日付が変わった瞬間にも言ってくれたし、今日の朝起きた時も頬にキスをしながら伝えてくれたし、もう本日3回目のおめでとうだけど、何度言われても嬉しいものだ。
部屋に入ると名らしい可愛い飾り付けがされていてテーブルには俺の好物ばかりが並んでいた。
「ケーキもあるから食べ過ぎないでね」
「俺の食欲知ってるだろ?」
飾り付けを写真に収めて、名にも写真に写るように言って。名の写真だらけの俺の携帯に、また1枚、彼女の写真が加わった。
食事を終えると彼女がキッチンからハッピーバースデーの歌を歌いながらケーキを持ってくる。
「あはは、ウサ吉か?」
リクエストしたショートケーキの上に乗ったプレートにはHappy Birthdayの横にうさぎの絵。
「上手い?」
どうやら彼女が書いたらしい。
「可愛い」
「えへへ」
「名がな」
「えー、ウサ吉の絵がでしょう?」
口を尖らせる彼女を抱き寄せてキスをする。
「隼人くん、お誕生日おめでとう。プレゼントもあるよ」
「ウサ吉に?」
「もう!違う!」
1年前の今日のことをからかえば、顔を真っ赤にする名がいて。
綺麗な包装紙に包まれた新しいウェアとボトルを渡された。
「自転車乗ってる隼人くん、大好きだから」
そう笑う名が本当に本当に愛しくて、来年も再来年も何十年後も、誕生日にこの笑顔を見れますように、と彼女をまた抱き寄せる。
「名、大好きだよ」
今日も明日も彼女が俺の毎日を照らしてくれることを願って。