あー疲れた疲れた。でも、バスケがしたい。それも、普通のバスケじゃ物足りない。刺激的であればあるほどいい。でも、キツイ練習はキライ。だから、試合がいい。キツイ練習もキライだけど、勉強もキライ。
特に、ただ今、授業中の古典はちんぷんかんぷん。外国育ちだったこともあり、どうにも漢字に弱い。
先生、英語で話してくんねーかな。そしたら、いくらかマシなのに。
へー。『をかし』って『趣深い』って意味なんだ。つーか『趣深い』ってなんて読むの?どーゆー意味?
そんな俺の疑問を解決してくれるのは大好きな彼女のナマエから借りている電子辞書。わからない言葉を和英で調べられるし、古語も調べられるスグレモノ。しっかし、日本語から日本語に訳すなんて、古典ってほんとクレイジー。
あー、眠いねむ…い。






「不破、15行目から読んで訳せー」


いつの間にか、黒板には英語が書かれていて。
机に突っ伏して寝ていた俺は、慌てて口元のよだれを拭った。
あ、よかった。垂れてない。
っていうか、いつの間にか英語になっていた。あれ?古典じゃなかったっけ?もしかして、俺ガッツリ1時間寝過ごした…の?


とりあえず、言われた通り読んで訳した。流暢な発音で教科書を音読した俺が座ると、クラスから自然と拍手が起こった。それにおちゃらけて手を振りながら、また机に突っ伏す。昨日の練習でへとへとの身体には、何よりも睡眠が必要なのだ。


「不破ー。寝るなー。酒巻先生にチクるぞー」
「それだけはカンベンしてくださいよー」


このやり取りも毎度のこと。俺は英語の時間は好きだった。だって、「自然に分かる」から。発音だって、先生には悪いけど、先生よりいいし。この先生は時々指名するくらいで、授業中の居眠りも他の先生よりは割と寛容だった。


さて、もうひと眠りするかなと、思った瞬間。チャイムが鳴った。授業終了のチャイムと共に、なぜか覚める眠気。
猫のように身体を反らして伸びると、彼女のナマエが俺の教室へ来た。
腰に飛びつこうとする俺を華麗にかわして、電子辞書を取り上げる。


「豹ーっ。だめじゃーん。もー、また私の電子辞書勝手に使ったでしょう!ひとこと言ってって何回言えば分かるのっ!」
「会いに来てくれるの遅くて、待ちくたびれちゃったや」
「何言ってんの。くっついてないで、人の話を聞きなさいっ」


誰もが一度見たら忘れられないだろう、派手なオレンジ色の頭を軽く突っつかれた。
俺は唇を尖らせながら、ナマエを見上げる。バッチリ目が合った。おお、怖い怖い、見えないはずの角が見えた。


「お陰でさっきの時間、私は辞書なくて大変だったんだからね。辞書くらい自分で持ってきなさい。トレーニングだよトレーニング」
「まあまあ、そー、怒らないで。だって重いんだもーん。電子辞書なら英語も全部入ってるから、楽だし」
「ほらまたそーやって言うんだから。豹が使ってたら、私が使えないでしょーが」


喧嘩するほど仲がいいって?
他愛ない喧嘩なんて日常茶飯事。
むしろ、喧嘩を楽しんでるくらい。






……のはずだった俺達なのに。
今回の喧嘩はちょっとばかし深刻だった。


たまたま、俺のクラスの女子が俺に和訳を聞いてきた時に、これまた、たまたまナマエがその現場を見てしまった。


そして、たまたまその子と俺の距離感が近かった。いやいやいや、だって、仕方ないべや!教室ってうるさいから。近くないと、聞こえなかったんだにっ!


それからというもの、ナマエの機嫌は最高に悪く。教室にも来なくなり、廊下で会ってもシカトされた。
噂っていうのは早いもんで、あっという間に俺達が喧嘩していることと、その原因は広まった。
しかも、今回は俺が完全に悪者だった。そりゃあ、もう、立つ瀬がないほどに。
質問された女子からは会う度に謝られ、ナマエの友達らしき子達や、クラスの人からは聞こえる位置でイヤミを言われ。
イヤミなんて…某ホワイトストーン先輩に言われ慣れてる俺だったけど、さすがに好きなナマエ関係で言われる方がダメージはでかい。…比じゃない。


さすがの俺も堪忍袋の緒が切れる寸前で、ナマエをやっと捕まえた。
とにかく二人で話したくて、空き教室へ。


「なしてそんな怒ってるべさ」
「なんでもない」


なんでもない訳あるか。でも、あれから口を聞いてくれなかったので、久しぶりに話せて嬉しかった。悔しいけど、どんなに喧嘩しても、結局、俺はナマエが好きなんだよな。
…って、いやいやいや、今はそうじゃないって。


「ハッキリしないのはスッキリしないべや」
「豹はいつもそう言うよね。なんでも全部ハッキリ言ったら解決する訳でもじゃないじゃん」
「だからって、腹にためといてもいいことないべさ」
「それがお互いのためかもしれないじゃん」
「嘘つきながら接してることになるや。それってずるいし、疲れるだに」
「豹の方がずるいよ」
「なして」
「そーやって、いろんな女子に優しくてるんでしょ」
「な、な…」
「そーゆーことされると、相手は期待しちゃうんだよ。もしかして、豹が私を好きかもしれないって」
「なして!そんなん!ナマエ以外の女子は眼中ないべや!!」
「…豹」
「…嘘でも、ハッタリでも、ナマエには疑われたくないべさ」
「ごめん、豹、ごめんね」

俯いたナマエの頭を撫でた。しばらくして、申し訳なさそうに目を伏せるナマエ、長い睫毛が頬に影を落とした。
チガウ、こんな顔のナマエが見たい訳じゃない。


「…どーすっかなー。許してやろっかなー」
「豹っ?」
「あったけー」
「きゃあっ。豹っ!人来たらどーすんのっ!離れてっ」


なんで?見せつけてやればいーじゃん。
照れながら、俺から逃げようとするナマエに、後から抱き着く。
甘い甘いシャンプーの匂いがした。お菓子みたいで、なんかこのまま食えそう。男子しかいない寮生活には絶対にない。香りと柔らかさと温もり。


「ここは、日本でしょーがっ」
「照れてる照れてる」
「話を聞けーっ。自分に酔うなーっ」


フザケて、笑って、許して。また、いつものナマエに戻った。


そう。これが俺達。
さあ、これからも、俺達らしく行こっかい。


Fin.


らぴすらずりのみゆさんから頂きました^^
素敵なお話をありがとうございました!


mae tsugi