「今日一日だけ!お願い!」
「………」
「健二今日OFFでしょ!?私墓参り行かなきゃだから!この子連れて行けないの!」


開いた玄関にはナマエと見知らぬ犬。大きめのカバンとリードで繋がれたチワワを抱きかかえ、懇願の目でワシを見てくるナマエにワシは真っ昼間から生唾を飲んだ。


「なんじゃてワシが…」
「お願い!健二しか頼れる人いないの!」
「……まあ、」
「え、ほんと!ありがとう!助かる!じゃあよろしくね、夜には戻ってくるから!名前はポチ!シーツと餌はカバンに入ってるから!躾は大丈夫!犬界一の秀才だからポチ!じゃね!」
「お、おい!ワシゃまだ良いとは…」
「あとで餌のこととかメールする!」


カバンをワシの足元に置いたあと、ポチを慎重にワシへ託すと、ナマエは足早に去って行った。見たこともないくらい速い動きに言葉を発せず、ただ立ち尽くす。大変なことを引き受けてしまった(正しくは引き受けてない)と気づいたときには自分と瞳を潤わせたチワワの二人きりじゃった。


「クゥ〜ン」
「………なんてことだ」


静かに腕の中におさまっている人懐っこそうなチワワに見つめられ、変な汗が止まらない。

「お前の飼い主はとんでもないやつじゃの…」
「?」
「……はあ、」
「?」
「…まあええワ。 躾は大丈夫と言っておったし、一日くらい面倒見たるけえ安心せ」
「キャン!」






とりあえず部屋にポチをあげた。リードも外してやった。犬なんて飼ったことないワシ、何をすればいいかも分からずナマエのカバンを漁った。中にはドックフードとおやつらしきにぼし、そしてシーツが数枚。シーツを取り出して部屋の隅に敷くと、ポチが即座にそこへ小便をした。


「おー、賢いのう」
「キャン!」
「よしよし、こっち来い」
「ヴー」


褒めてやろうと手を伸ばしたら唸り声で威嚇された。は?お前今まで散々ワシに抱かれてたじゃろうが。


「ヴー」
「………」
「ヴー」
「………」
グゥー
「……グウ?」
「キャン!」
「もしかしてお前、腹減っとんのか?」
「クゥン」


おやつのにぼしをあげてみた。噛み噛み、小さい顎で頻りににぼしを砕く姿に、気のせいか顔の筋肉が緩んだ。

ピロリン、携帯が鳴る。



差出人: ナマエ
Re:Re:Re:

ご飯は朝あげてきたから
夜だけお願い!
散歩は適当にしてあげて
にぼしはポチのだから、
間違えて食うなよ!(笑)





「食うかボケ!」



ひとり携帯電話に向かって叫んだらポチがびっくりして「すまん」と謝った。


「つーか、このナリでポチって…他になかったんかい。チワワらしい名前」
「キャン!」


ワシを見つめ頭良さそうに座っているポチと目があった。くりくりの大きい目ぇにワシはある衝動を抑えきれず実行する。


「ポチ!」
「?」
「お手!」

しゅっ

「おおっ」
「キャン!」
「おかわり!」

しゅっ

「おー!」
「キャン!」


お手、おかわり、このあとはなんじゃ?伏せ?


「キャン!」
「おおっ、もう伏せしとる!」


お、おもしろいっ!

「ポチ!靴下取ってこい!」
「キャン!」

「テレビを4チャンにしてくれ!」
「キャン!」

「ウインクしてみろ!」
「キャン!」ぱちっ

「猫の鳴き真似してみろ!」
「ニャー」

「すごいのう。なんでも出来るの、お前」
「うん」
「ナマエに教わったんか?」
「うん」
「ほーか、あいつドッグトレーナーになるべきじゃ」
「確かに」
「………」
「………」
「……えっ」
「クゥン?」
「い、いま喋らんかったか?お前…」
「キャン!」
「…気のせいか」
















「けんじ〜!?寝てんのー?鍵あいてるから勝手に入っちゃうよー」



思ったよりも遅くなってしまった。連絡をいれてもインターホンを鳴らしても応答がなく、仕方ないから勝手にお邪魔した。


「なんだ、寝てんのか」


ベッドでポチと一緒になって丸まってる健二。ポチは私が部屋に入ったところで目覚めたが、健二は爆睡してる。

起こすのも悪いと思い、かと言って鍵を開けっ放しにきて帰るのは危ないから、今日は泊まっていくことにした。


「キャン!」
「しーっ、起きちゃうよ」
「クンっ」
「そっかそっか、いっぱい遊んでもらったのね。 よかったね」
「うん」
「………」
「………」
「…え……ポチ、いま喋らなかった?」
「キャン?」
「き、気のせいか」
「キャン!」

mae tsugi