雨が降っている。放課後の昇降口で一人、止みそうもない雨をひたすら眺めていた。最悪だ、傘持ってくるの忘れた。今朝の天気予報で夕方ごろから雨が降りますと聞いてたはずなのに、私はバカだ

「…よし」

水没を防ぐためポッケに入っていた携帯をカバンの奥底にしまった。こうなったら濡れて帰るしかない、だって全然止んでくれないんだもん

砂利で汚れたコンクリートの地面を踏みしめいざ出陣!と飛び出そうとしたが、それは叶わなず何者かに引き寄せられた

「女が濡れたらいかん」
「……健二」


コーンロウ、ピアス、半目の優男
夏目 健二。私の元カレシ


「ほれ、入らんかい」
「あ、ありがと」

手を引き自分のビニール傘に招き入れてくれる彼の好意に素直に甘えた

「悪いね」
「どーも」





帰り道は静かだった。そういえば健二とこうやって帰るのいつぶりかな、もうずいぶん昔のことに感じるけど。私の為に濡れた右肩をそっと見やり、心の中でありがとうと呟いた



「送ってくれて、ありがとね」
「風邪ひくなよ」
「うん、健二も」
「おう」

私が一人で暮らすボロアパート、その前で向かい合う。目がガッチリと合い、すぐさま逸らした。健二が何か言いたそうな顔をしている、けど私はそれを見ないふり見ないふり……


「……じゃあ、ね」
「待て」

階段をのぼろうと逃げるように一段目に足をかけたが、いとも簡単に私は静止する。健二の言葉には人を従わす何かがあると思う


「………」
「………」

ぽつぽつ、雨音がうるさい

「……」
「……」
「…のう」
「は、はい……」


何を言われるかは分かっている。その時の健二がどんな顔をするのかも想像がつく。耳と目を塞ぎたくなった、ごめんね健二わたし真っ正面から貴方と向き合うことができないの
私たちが一緒に過ごした時間は濃かった、お互いのマイナスになってしまった冷たい過去


そして繰り返されるの


「やり直してくれ」
「……」


手首をぎゅっと掴まれ心臓がバクバク早くなった。

健二の言葉に何も返せずいる自分が情けない。うんいいよ、ごめん無理、どっちも言いたくないんだ
きっと健二は悩んで考えて、わたしに伝えてきたのだろう。その言葉に返答をしたくないなんて都合いいことを考えてる自分が恥ずかしくなった。そして、健二から注がれる視線に耐えきれず私は視線を彼から濡れたコンクリートに落とす。
さっきまで普通に聞こえていたはずの雨音が、今は無音に思える。


「…むっ、むりだよ」
「なんでじゃ」
「…だって、私から別れようって言ったのに…」
「そんなこと気にしとらん」
「……健二が気にしてなくても…、私はむりだよ」
「………」
「…ごめん」
「………」
「…もっといい恋愛しなよ。それ以前にさ、健二はインターハイ行くんだし……」
「……」
「……」

健二がなにも言ってくれなくて、わたしはどうしようもなくなった。
無言が続いてる状態の中で、健二との思い出がよみがえる。それは幸せな二人ではなく、切ない記憶。



「別れて」
「なんでじゃ…」
「……お互いに依存しすぎたと思う」
「…意味わからん」
「私の存在が健二の夢を邪魔してるようでならないの」
「んなこと、あるわけないじゃろ」
「夢を叶えてほしい。インターハイ行って妹にも会うんでしょ」
「お前が好きだから一緒におるんじゃ。余計なこと考えてんな、邪魔なんて思ったことないわ」
「でもっ…」
「別れたないわ」
「………」
「………」
「………」
「………」
「…ごめんなさい、別れて」
「………」




「やっぱり、あんとき無理矢理でも別れんかったら良かったわ」
「……」
「今さら言っても遅いがの」


健二の顔が寂しそうだった。
わたしはごめんと言おうとしたのを、寸でのところでやめた。これ以上、彼に後ろ向きな言葉をかけるのは止そうと思った。もう悲しい表情を見たくないというわたしの身勝手。


「また傘忘れたらワシに言い。送っちゃるから」
「…うん」
「風邪、気をつけろや」
「…うん」
「……じゃあ、行くけんの」
「…うん」

体温を分かち合っていた腕は、身に染みるほど優しく離された。そこだけが妙に寒い。

健二は最後にわたしを見ると、いつもの無愛想な顔に戻って歩き始めた。
彼の背中を見送るのはこれで二回目。


秋雨より冷たい


階段かけあがって、ドアあけて、ベッドに飛び込んだ。

誰もいないのに、誰にも見られたくなくて顔を枕にうずめたら、そこから染みが広がった。

ほんとはいまでも好きだけれど、それでも別れるのが、わたしなりの愛





「…未練たらしい男は嫌われるけんの。はよ諦めんと、顔も合わせたない言われたらたまらん」

彼の独り言は、本人すらも聞きかすれるほど小さいものだったという。



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