059 (8/21)
鼻先にさらさらしたものが触れていた気がした。
シャンプーの匂いしていた。
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「…で?なに作んの?」
「うーん」
とりあえず出されたまな板と包丁。そしてフライパン。
まだ何を作るかは決まっていない。立ち往生気味のナマエは、数回唸ったあとポンッと手のひらを叩いた。
「オムライス!」
オムライス、か。たしかに良いアイディアではあるけど、ちょいと心配。
ナマエは、なんでも器用にこなすタイプだけど。やっぱり心配。
「豹、手伝って!」
「ほいさっ」
たまねぎ、ケチャップ、たまご。鳥肉は切れる自信がないからウインナー、だそうだ。
「たまねぎは、みじん切りでしょ」
「おう」
「ウインナーは?適当?」
「俺に聞かれても全くわかんないべさ」
そっか、そうだよね。とナマエは一人で納得した。
うん、うん。力になれなくてごめんよ。
「じゃあ、適当ってことにしよう」
右手に包丁を握り、左手に玉ねぎ。シャクシャク音を立てながら、慎重に切り始める。
慣れない手つきが新鮮だけど、見てるこっちが怖くなってくる。
何もしてない俺が言う立場じゃないけど、指だけは切んなよ!絶対!
「……っ、」
「な、なした!?」
真剣な表情を見ていると、急にナマエの左目から涙がこぼれた。
突然のことに動揺して、近くにあったティッシュを数枚重ねて渡せば、ナマエは素直に涙を拭いた。
「…たまねぎが染みたー」
「し、しみた?」
「…豹、目痛くないの?」
「え、うん。全然痛くないべさ」
玉ねぎって染みるの?なして?
顔を顰めたナマエの目はほんのり赤くなってしまっていた。
かわいそうに。できることなら代わってやりたいが、それは無理なんだべや。
ごめんよホント。こんな、無力な俺で。
「よし、たまねぎオッケー」
細かくし終わった玉ねぎを、まな板の端っこに寄せて。ウインナーを袋から出して、まな板に並べる。
おお、本当に適当に切ってる。こう見えて、大ざっぱな所あるからなあ。
「こんくらいかな?」
「おう」
「いい感じ?」
「いー感じいー感じ!」
フライパンに油。あったまった頃合いを見計らって、食材を投入!
ジュワッといい音と匂い。ヘラで混ぜる。
「豹、これ混ぜてて!」
渡されたヘラを受け取って、焦げないように混ぜる。おしおし、ちゃんと手伝えてるべや。
その間にナマエは茶碗に白米をよそっていた。
「投入〜」
「ほいっ」
「もういっちょ、」
「はいっ」
ヘラをナマエにバトンタッチ。
加えられた白米と具材がよく混ざるように、フライパンを振るっている。
「あ!」
「ああっ」
少しこぼれた。
「ケチャップ、ケチャップ」
ぶしゅ、と投入。白かったご飯が、赤くなっていく。
ムラが消えたところで火を止めて、二つのお皿によそう。
「次はたまごだね」
冷蔵庫を開ける。
「二個ちょうどか、失敗できない」
二つ並んだたまごをナマエは片手で取り出した。右手で閉めた冷蔵庫の扉。左に持っていたたまごを利き手に持ちかえようとしたとき、ナマエの左足が地面から離れた。
「わあっ、」
「!」
ギャグマンガで、バナナの皮を踏んですってんころりんするみたいに、ナマエが体制を崩す。
たぶん、さっきこぼした米のせい。拭き取り不足で、油がまだ床に残っていたんだろう。
事の原因を悠長に考えてる暇など無くて、思わずナマエが手離した卵をガン無視して、ナマエの腕を掴もうとした。が、
「いっ、たぁ…」
間に合わなかった。
「ぶふっ、大丈夫かい?」
「なんでちょっと笑ってるのー」
「いやだって、派手に転けたもんだからっ」
面白いほどスローモーションに見えた映像が頭の中でリピート再生される。
ナマエの隣で、派手に割れた卵ふたつが哀愁を帯びている。ナマエはそれを悲しそうな目で一瞥し溜め息を吐いた後、片付けはじめた。
「豹ごめん、オムライスじゃなくてケチャップライスになっちゃった」
「別に、俺はいいさ。それよりケガは?」
「へーきー。痛かったけど」
「ナマエって、意外とドジ?」
「…さあ」
たぶんドジだ。ギャップってやつやね!
「腹減ったや」
「…うん、じゃあ食べよか」
12.10.03