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みーん、みーん。ああ、うるさいー。
夏休みが始まった。

「あつい〜」

例に漏れず今年も夏休みは暑い。
おまけに日本の夏は湿度が高く、ムシムシとしていて気持ちが悪い。
アメリカ育ちの自分には酷だ。ダラける。

「ナマエは、暑くないのかい?」
「今は、少しだけ。 クーラーつけようか?」

フローリングの床に這いつくばっている自分とは正反対に、ナマエはテーブルに広げた夏休みの宿題を熱心に片付けている。
俺は汗でベタベタ気持ちわりーのに、ナマエはいつもと変わらない表情だ。

っかしいな…ナマエの方がムシムシしたの苦手なはずなのに。

「あっちーべや〜」とぐだっている自分を見ていられなくなったのか、ナマエが冷房を入れてくれた。
ピッ、機械的な音のあと少し経って冷たい空気が部屋に充満した。

「夏だね」
「ひさしぶりに、アメリカ行きてーべ」
「ん、確かに」
「ナマエのじいちゃんばあちゃんにも会いてーなあ」
「もう3年も会ってないね」

月日が流れるのは早いもんだ。
俺とナマエが日本に来て、もう3年になる。小5だったのが中1だ。
ナマエは唯一の家族に、もう3年会ってないことになる。

「…ナマエさ、ぶっちゃけ寂しくないかい?こっちに家族いないし」
「うーん、」

言葉を詰まらせた。
きっと俺らの仲だからこそ回りくどくならなくて済む話。純粋な質問。
ナマエはノートに走らせていた右手を止めて、軽く俺に向き直った。

「寂しいって感覚はあまりないかなー。ただ、会いたい気持ちはすごくあるよ」
「そっか。」

今更ながら思う。
こんな細っこい見た目で、白くて弱そうな彼女だけど、強い。
男の俺にはない、芯の強さみたいなものがある。精神の強さが。
それが何故か物凄く羨ましかった。自分も欲しいと思った。

「その理由の半分は、豹のおかげだね」
「おれ?」
「豹がいるから寂しいとか思わない。豹の両親のおかげもあるけどね」
「ふうん、」

真っ正面からそんなことを言われるのはどうも気恥ずかしくて、誤魔化す様に返事をした。
視線を一度ずらして、また再び元の位置に戻せば、ナマエはもう宿題の続きに取り掛かっていた。

「あ、ねむい…」

涼しい室内で、シャーペンのカリカリとした音だけが聞こえる。
そのカリカリが子守唄の役目をしたのか、なんなのか。
目覚めた時には夕方だった。

12.06.26