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こどもたちは唄を知らない



「赤ん坊の頃はあの子も真っ白だった」

諏訪が途絶えたのはほんの五年前だと親父は言った。たった一人、小さな子どもを残して途絶えたと。目を瞬かせて聞いていれば親父は普段と変わらぬ声色でこう続けた。

「……あの子がたった一人で一族の業を背負っていくんだ」


瞬きをする。そのほんの一瞬、親父の手が俺の頭を優しく撫でた。暖かくて、少し恥ずかしい。

あいつもこんな風に誰かに頭を撫でられたこと、あるだろうか。授業の合間に髪を結う機会はなんどもあったけれど、そういや一度もまんまるなその頭を撫でたことは無かったな。もし撫でてみたら、あいつも今の俺みたいに少し恥ずかしくて暖かくて穏やかな気持ちになったりするのかな。そう考えながら、恥ずかしいと頬を染める零の姿を想像した。








諏訪はよく怨みを買う一族だったと思う。幼いながらに一族の住む村に漂う雰囲気が苦手で、そんなことを何度も思った。私たちは嫌われ、怨まれ、憎まれ、最後まで孤独な一族なのだろうと。


異様なまでの自己治癒力は敗北を許さず、自死さえ容易にはいかなかった。
国に属さない私たち一族は舞い込んでくる仕事はなんでも請け負い、治癒力のおかげで無茶な任務も上手くこなしてきたそうだ。そうして諏訪は強くなった。



「零、いいかい。お前は普通の忍として生きるんだよ」


諏訪が途絶えたあの日、大人達は覚悟を決めた表情をしていた。私以外の子どもは全て彼らが手に掛けていた。治癒力が覚醒するのは十一、二の歳からだから、私と同じ年頃の子やそれより幼い子たちはいとも簡単に命を絶たれた。


あの日のこと、私は死ぬその瞬間まで鮮明に覚えているだろう。誰も文句を言わなかった。誰も悲鳴をあげなかった。誰も怖がらなかった。きっと何年も何十年も、何百年も、この日が来るのを覚悟していたみたいに。


「木ノ葉の里がお前を保護してくれる。母さんと爺さんに恩があるから、お前だけ特別だ」


普通の忍とはなんだろう。忍以外の生き方では駄目なのだろうか。結局は誰かを傷つけて生きなければいけないのだろうか。


諏訪一族の血継限界は私のなかに封印され、そうして途絶えた。ほんの数秒前までその強大な治癒力をもってこの世の不条理を背負い生きていた忍達が、一斉に死んだ。


私が、残された業を身に刻んで生きていくのだ。









「零?腹が痛ぇの?やっぱ食い過ぎたんだろ」
「………シカマル、女の子に失礼だよ」
「だってお前チョウジ並みに食ってたから」
「美味しいんだもん、ここのあんみつ」


零が木ノ葉の里に来て数年が経った。アカデミーを卒業したばかりの俺達は別々の班に配属されて会う機会がぐっと減ったように思う。班に振り分けされてまだ一ヶ月しか経たないというのに、零と顔を合わせた回数は両手で数え切れるほどしかない。学校では飽きるくらい毎日毎時間一緒にいたのに、不思議な感覚だ。


「お前んとこ大丈夫か?ナルトにサスケだろ。サクラも我が強いし」
「どうだろ。なんだかんだ上手くやってる気もするけど」
「ドベとトップ二人の間にいる"普通"って大変じゃね」
「あはは。そうだね。あんまり普通だと足引っ張るなよってサスケに睨まれるし」
「こえー」


やはり腹を痛めたのかお腹を摩る零を見遣る。三人一組で組まれる班構成に、人数の都合でと四人一組になったのは零が最後に名前を呼ばれた第七班だった。


「やれば出来るのにやらないからそうなる」
「シカマルには言われたくなーい」
「それもそうだな」


そうか七班か。カカシ先生が居て安心だろう。班が発表された日の夜、うちで夕飯を一緒に食べた零に親父がそう言って微笑んだ。親父のその珍しい表情に驚いたのは記憶に新しい。そんな親父に「知ってる人で良かったです」と頷いた零の表情は、親父とは真逆で悲しそうなそれだった。


「零……あのさ」
「ん?」
「…カカシ先生とはうまくいってんのか」
「先生?なんで?」
「いや…あんまり嬉しくないみたいだったから。ずっと気になってたんだよ」


俺の言葉に零は黙り込み、残り少ないあんみつが入った茶碗に視線を落とした。数秒間の沈黙の間、俺の脳みそはフル回転する。


「(知ってる人って言ってたから一族絡みで何か嫌がらせでもされていたのか?でも親父が安心だって言うから違うよな。なら諏訪の常連だったとか?)」


考えているうちに、徐に零が茶碗に転がしていたスプーンを手に取る。その動作は緩やかで、沈黙が破られるのももう間も無くだと悟った。


「カカシさんは…あの日、私を此処に連れてきてくれた人だから」
「………」
「すごく優しいよ。私が一方的に気まずいだけ。先生は私が諏訪でも木ノ葉の人間じゃなくても気にしないってスタンスだし」
「……ならいーけど」


気まずい。それだけでも同じ班なんてやり難いだろう。先生は大人だから俺たち子どもとは違って過去のことなんか切り替えていけるのかもしれないけれど。


「そんなことより、下忍って雑用ばっかりでびっくりしちゃった」
「そんなもんだろ」
「ナルトが毎日イヤだイヤだって駄々こねて、サクラがブチ切れるの。見てて面白いよ」
「お前も参加したらいーじゃんイヤだ合戦」
「なにそれ!」
「ほんとはナルトみたいに雑用はイヤって思ってるくせに」
「………もっと走ったり跳んだり動き回りたい」
「だろうな。おてんば娘だし」
「な!それ言うのシカマルだけだよ!」
「猫かぶってるのバレバレ」
「うるさーい!」


くるくる変わる表情が可愛いと素直に思う。俺やチョウジ以外の前だと猫かぶって「普通のクラスメイト」を演じていたから、特別感だって感じていた。


「平和がいちばんだよ」
「ジジイみたい」
「うわー!それシカマルに言われたくない」


明日からまた雑用をこなす日々が始まる。ずっとこうしてアカデミーの頃みたいに毎日何時間もしょうもないことで笑い合えていたら良いのに。


「……あの子がたった一人で一族の業を背負っていくんだ」

ふと親父の言葉が脳裏を過ぎる。

「なにか嫌なことがあったら俺に言えよ」その一言を伝えられたら良かったけれど、どうしても小っ恥ずかしくて言い出せなかった。


零を印象付ける白の映えた刺青は、いつの間にそうすることに決めたのか、真新しい包帯に巻かれていてその存在を潜めていた。







title/あくたい