6.終わりなき旅

 魔法使いの彼をオズと呼ぶようになって、何度四季が巡ったか知らない。
 拠点はこの島でも、世界中を旅していたから感覚が狂うのは当然だ。
 穏やかな日々の中。
 突然、立っていられなくなった。

 魔力で浮き上がろうとしたのに、光を取り出すことができない。
 "オズ!"
 SOSを強く念じて呼びかけるが、どこにいても通じるはずの彼に届く様子はない。
 それが生気を奪われたことによる衰弱だと理解するのに数分を要した。
 オズと出会ってからは何もかもだ唐突だ。

 数時間して帰ってきたオズはたいそう焦った様子で、私に生気を流し込んだ。
 しかし私はオズ曰くひび割れたコップのようなものらしく、以前ほどうまくはいかないようだった。
 オズは泣きそうな顔をして、「奪うと与えるを繰り返すくらいなら、マリーはこれからぼくから離れたほうが負担が少ないかもれない」と言った。私と離れるのはなによりも嫌なくせに、嘘のつけない子供だ。

 "そんなの今更だよ。いいから、大丈夫だから。もうたくさん生きたから。最期まで看取って"

 どれだけ長く生きても、消える怖さはある。
 未知への恐怖というのはなくならないものだ。

 オズは私に再び生気を与え、体を修繕すればひとまずは動けるようになった。
 生気はいつものように操ることができたが、怖いので体の中に入れておくだけにした。
 これからオズは残量に特に気をつけてくれるらしいが、いつまで続くことか。
 いつか不注意で息絶えても、彼の性質からはしかたないと思えた。

 何か間違っている。何か歪んでいる。
 けれど、正しさなんてなんの価値もなく、歪みのない人間なんていない。
 マリーに依存するばかりでなく、何か救いを見つけてくれたらそれが一番いいのだけど、こわくないよといっても、彼が安易に人とかかわることは難しいだろう。
 寿命を奪うというのはそれほど重い。
 よっぽど気をつけていたはずでも、眠っている間の、無意識の領域などは及ばなかった。

 もしも彼が普通の人間で、同じくらいの年で、普通の人間生活で出会っていたらどうなっていただろう。
 学校で、職場で。
 恋に落ちたかどうかはわからない。
 今だって、恋なんて可愛らしいものではなかった。
 たとえば家族に生まれていたら、慈しめただろうか。抱きしめられただろうか。
 それもわからない。IFの話、気の遠くなるくらい遠い話だ。

 今なら了承してくれるかと思って、"人間の形にしてほしい"と願ったが、負担が大きいから駄目だとオズは言う。ああもう、タイミング悪いな。今まで彼の心が緩んでいたのを見逃していた。
 私は人の姿であなたを抱きしめ、頭を撫でて、見えない涙を指で掬いたいだけなのに。

 "オズは私が死んでも、ちゃんと今度もマリーを見つけられる?"
「マリーの魂は輪廻の環に完全に組み込まれているから、大丈夫だよ」
 "それならちゃんと次もマリーを探してね。覚えてなくて戸惑って同じことを繰り返すかもしれない。それでもいいよ。魂が擦り切れるまで、あなたの生に付き合ってあげるよ。"

 全ての説明を受けてから選択肢を与えられたのでは、とうてい受け入れたとは思えない。
 だからまぁ、あれでも仕方なかった。

 あれほど嫌だった呪いを、自分に残して逝こう。
 理不尽に投げ出される苦痛を痛いほど知っていても、この哀れな魔法使いを、せめて私だけが忘れないように。
 忘れて、憎んで、恨むのだとしても、きっとまた愛せるから。

 あなたが未来永劫 心を失わずに、健やかでありますようにと、ただ願う。

 不器用な子供は、それでも、出会った頃よりは格段に明るくなっている。
 繰り返すことが無駄だとは思わない。
 いつか別れよりも価値のある日々があると信じて。

『私』の存在は歴代のマリーに埋もれてやがて消えていくのだろう。
 名もなきマリーとして朽ちるなら、せめてもの我が儘は。

"オズ。その名は他の誰にも教えちゃだめだよ"

 あなたをオズと呼んだマリーが一人でありますようにと、願った。
 ――独占するにはあまりにメジャーな名前だけど。

 私が見せた独占欲に、オズは恍惚の微笑みを浮かべた。
 今なら死んでもいいかもしれない と思った。
 いっそ幸福のまま消滅させてほしかったが、それでは無事に生まれ変われるかわからないというので我慢した。
 それからの短い日々も、変わらぬ穏やかな余生だった。
 最期はオズの腕に抱かれて眠った。
 遠ざかる意識の中で、悲嘆の声を聞いた。



「次のマリーを、探しに行かなきゃ」


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