不都合と好都合


どさあっと、レジの前にお菓子の山が積み上げられた。
店員の私は呆れて銀髪の少年を見る。

「……何個あるの?」
「いいじゃん、数えてよ」

ニッと悪戯っ子のように少年、キルア君は笑う。
お菓子が並べられている棚の一部が空っぽになっていた。
仕方なく、私は一つ一つを手にとってピッピッとバーコードを読み取っていく。
キルア君はやはりそれを楽しそうに眺めていた。

「今日の話はなあに?」
「 ティア、貸したゲームやった?」
「……やったよ。二つだけ。まだ途中だけど」
「面白かった?」
「うん。けっこうね」

素直に感想を言うと、キルア君は嬉しそうに顔を輝かせて、攻略法を語ってくれた。
相変わらずゲームばっかりやっているんだろう。すごく詳しくて、裏技の知識も豊富だ。
なんでそんなことまで知っているんだろうっていうことまで教えてくれる。
私は暇な店員だけれど、話をしていると長い会計も苦痛にならない。

それにしても、お菓子だけで二万を超えるってどういうことだろうね。
おまけ程度に置いてある漫画やゲーム、DVDなんかも買い占めていくから、それも合わせると十万近くになる。
私の時給の何倍だと思っているんだか。溜息を吐きたくなる。

キルア君の両親は彼に小遣いを与えすぎだ。
彼は、だいたい週に二度のペースでこのコンビニを訪れ、そのたびにこの量の買い物をしていく。
私の勤務時間外にもっと来ているかもしれない。
数も種類も少ないけれど、一応新作のゲームも置いてある此処の品揃えがお気に入りらしい。
今や、わざわざキルア君仕様にしている部分もある。

身体に悪いとかそういう言い争いはとっくにし飽きた。
お菓子ばっかり食べて、ゲームばっかりして、夜更かしして、不健康極まりない生活を送っているはずなのに、肥満どころか、肉付きは適度、誰もが認そうなくらい格好いい男の子だから悔しいのだ。
たしか、まだ11歳だけど。

「いつも思うけど、この買い物を何の変哲もない客も少ない小さなコンビニでするのは間違ってるよ。
ゲームならゲーム屋さん、漫画なら本屋さんに行ったほうが種類が揃ってるし、
お菓子だって、こんなに大量に買うならスーパーでまとめ買いしたほうがいいよ?」
「めんどくせーし、そしたらティアに金が入んないじゃん」

キルア君は悪びれもなくのたまった。会話を好んだり、ゲームを貸してくれたり、フレンドリーな態度は感じ取っていたけれど、私の為とされると少し複雑な心境だ。

「……いや、たしかに助かるけど」

たしかにお客さんの少ないこのコンビニでは、キルア君は大切な収入源だ。
この少年に養ってもらってるだなんて大人としてなさけない。

「お金は大切にしなきゃだめよ?
たとえ有り余っていたとしてもそれは君が稼いだお金じゃないでしょう」

この子は家の手伝いとか全然しなさそうだ。

「稼いでるよ」
「何で?」
「家業手伝い」
「キルア君のお父さんって何してる人?」
「んー? 殺人鬼」
「えっ……」

不穏な言葉に、息を飲んだ。
瞳孔が開いていくのがわかる。
殺人?殺人って、殺人?
今は刑務所にいるとか?
それとも……

ここ、パドキア共和国には観光名物となっている『暗殺一家』がある。
この町の近くの、ククルーマウンテンという山のどこかに屋敷があるという。
山自体を所有しているとか、そんな話を聞いたことがある。
敷地の入り口までは観光バスが通っていて守衛さんもいるが、実際にゾルディック一家に会って生きている人間はいないという。

たしかに、世界的に有名な暗殺一家ならば金は有り余っているだろう。
ゾルディック家には何人か子供がいると聞いたことがある。
年齢は? 身体的特徴は?
そういえば、キルアくんのファミリーネームは?

疑問が頭を駆け巡って硬直していると、キルア君は吹き出して笑った。

「バーカ、嘘だよ!」
「はぁあ?」
「そんなわけねーし、真に受けんなよ」

ケラケラと笑う少年に、騙された!と気づいた私は頭に血がのぼる。
どんっ、とカウンターに手をついた。

「お客様。会計が終わりました。袋はご利用ですか?」
「げ。 ティア怒ったの?悪かったって」
「袋はご利用ですか?」
「ご利用だけどさ」
「……ご利用しないでよ。これを全部レジ袋に詰めたら何枚必要だと思ってるの」

そんなの、資源の無駄遣いだ。
バーコードを読み取るだけでもこんなに時間が掛かったっていうのに。
そりゃあ、会話に気を取られて作業がスムーズじゃなかったかもしれないけど。
ちょっとお怒りモードの現在はそんな地道な作業したくない。
すると、キルア君は少し笑った。

「いいじゃん。詰めてる間にまた喋ろうぜ?」
「こんなにあったらコンビニ袋じゃかさばって持ちにくいでしょうが。この前あげた買い物バッグは?」
「持ってるけどさー。これって買い物バッグじゃなくてただの白い袋だろ?
ティア、手芸ヘタすぎ。わざわざよくこんなの作ったよな。
これに入れたら、俺サンタクロースみたいに背負って帰ることになるぜ」
「計画性もなくこんなに買い物する人が悪いの」
「計画性はあるって」
「んもう、お金があるんだったら、いっそお家に取り寄せちゃえばいいじゃない」

言い放ってから、『お家』という言葉に自分で反応した。
暗殺一家と言われた冗談がまだ胸を離れずに脈を打っている。
一瞬訪れた沈黙。けれど、キルア君は違うことを考えていたようで。

「そりゃ、足りないもんは取り寄せてるけど。この店レアなもんは置いてないし。
でも、―― ティアは俺に来てほしくないわけ?」
「ん?ちょっと待って、どうしてそういうことになるの」
「だってそういう流れだろ。俺のこと店から遠ざけようとしてさー!」
「拗ねないでよ。キルア君はお客さんだし、
来てくれるのは嬉しいけど、ちょっと心配っていうか、
愚痴っていうか……うん。キルア君がいいならそれでいいんだよ」
「ほんと?」
「本当。言っとくけど、ただ自分の利益を考えるならキルア君にこんな口出さないんだからね。
一応、私はキルア君のことを思って発言してるつもりだよ?」
「……うん」

キルア君は、緩く顔を綻ばせた。
生意気言っても、こういうところは素直な子供だなぁと思ってしまうの。
私は、サンタクロースみたいな白い袋に、キルア君の買ったものをすべて詰め終えた。
抱えるほどに大きいけれど、中身はほとんどがお菓子なので思いのほか軽い。

「はい、サンタさん」

カウンターを越えて手渡すが彼はまだ店内の商品に目移りしているようだ。

「アイスの新商品がオススメだよ」

あれだけいろいろ言ったわりにちゃっかり宣伝すると、キルア君はちゃんとそれに飛びついてくれた。本当にいい客だ。
アイスは溶けるし、店内は飲食禁止だから食べながら帰るだろう。
キルア君が来てくれるのは嬉しいけど、私も仕事中だし、いつまでも引き止めておくわけにはいかないのだ。

「 ティアは何味?」
「オススメ?は、ストロベリーだけど」

すると、キルア君はソーダとストロベリーの両方を持ってきて、カウンターに置いた。
金を支払ってから、案の定、「これ、 ティアの分な」と笑った。憎めないヤツだ。
何度も言うけど私は仕事中なわけで、ここは飲食禁止の店内なわけで。
どうしろというのだろうか。
けれど、突き返すこともできずに受け取ってしまった。
新たなお客さんが来ないことを祈って、半ば諦めてアイスを開けると、キルア君は満足そうに手を振った。

「じゃあ、また来るからな!」
「うん。待ってるよ。ありがとうね」

私も笑顔で手を振る。営業スマイルではない。友人、というか、弟みたいな子に向ける笑顔。
暖房の効いた店内で、冷たいアイスを口に入れた。
レジのまん前には防犯カメラがある。
……うん、咎められたら謝ろう。給料下げられたらキルア君に愚痴ろう。
お客さんはやっぱり来ない。


心の広い店長はそんなことで怒らなかった。
それもどうよ、と思うけど、むしろキルア君のおかげで私の時給は高水準だ。

「キルア君? ああ、あの子ね。一回見かけたけど、 ティアのいる時間しか来ないでしょ?」

そんな同僚の証言に驚いた。
可愛いヤツめ。
あれからしばらく顔を見てないけど、次はいつ来てくれるのかな。
いつでもクリスマスプレゼントを渡せるように用意してあるんだ。



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