《起》一年、桜の咲く頃


大学の講義は楽に理解できてしまって、人は何も知らずに寄ってたかって、
当たり障りのない話題を振ってくるから、追い払うのも面倒で、適当に対応していた。
興味のない話に相槌を打ちながら窓の外を見ては、退屈だと思った。
そして思う。これが『普通』なのだと。
高校時代が楽しすぎた。

誰にも理解されないと思っていた特異な能力を、分かり合える空間はあまりに甘美だった。
離れてみて、どれだけ貴重な場所だったかをあらためて思い知る。
救われていたのだ。とっくに世界を見切って、斜に構え、光を諦めていたから。

失った希望を持ち合わせていたのは、俺と同じ立場のはずのかなでという少女だった。
その体のどこにそんな強さがあるんだ、世界の何がそうさせるのだ、と何度も思った
けれど、俺はその答えを知らない間に理解できていたのかもしれない。
あいつらと過ごした日々で得た変化だった。

今何をしているだろうか、と。
輝かしい日々を思い出しては口許が緩んだ。
機嫌がいいと勘違いされても、訂正しようとは思わない。
昼が待ち遠しい。

進路指導において、どこでも好きなところを選べと言われたから、
あの高校の近くの、住んでいるマンションを引っ越さなくても済むような地元の大学を選んだ。
昼に抜け出してあろうの弁当を食べにいけるくらい。
もっと上を狙えるのに、それでいいのか、欲がないのかと教師には煩く何度も確認されたが、
これほどの贅沢はないと言い返したい。
そんなことを言えるのは、いくら金があったって手に入らない居心地のよさを知らないからだ。
それに、いい学歴なんて今さらだ。まっとうに生きていく気などないのだから。

すでに在校生でなくなった俺を、あいつらは当然のように受け入れてくれる。
そして俺の居場所は此処だ、と思うのだった。

そろそろ、桜が見ごろを迎える。
花見をするのもいいかもしれない。

同じ講義を受けている女の髪に花びらがついているのを見て、そう思った。
本人は気づいていないのだろうが、最近よくそうしている。
おそらく朝、桜の咲く道を通っているのだろう。桜が好きで、見に行っているのかもしれない。
名前も知らないが、ぼんやりとそんなことを思った。



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