シンデレラグレイ 


 遠回りすると言って国道を走らせながら、一期せんせいはお伽話のような話をしてくれた。
 千年以上前、短刀の名手に打たれた唯一の太刀だったこと。
 様々な主に所有されたこと。
 私も知っているような”歴史”と共に在ったこと。
 冗談を言っている口ぶりではなかったし、せんせいの内に宿る魂の煌めきが、真実だと確信させた。

「私は一介の教師だが、訳あって……探している人がいて、時の政府の末端機関にも籍を置いているんだ」

 海の見える丘に車を止めて、せんせいは言った。
 窓を開けると潮の香りがした。

「探している人?」
「そう、前世……人として生まれる前に、刀として、刀剣男士として仕えていた主を、探している」

 覚悟していたとおり、せんせいの常識と私の常識は全然違うから、聞き慣れない言葉や概念が多い。
 丁寧に説明してくれるのがわかるから、必死に思考と想像力を働かせて順を追って、必死に食らいつく。

「どういう人?」
「主は今から二百年前、正統なる歴史を巡る戦いのために招集された審神者(さにわ)だった」
「それって、歴史修正主義者が出てくるやつ?」

 去年、社会科で習った。

「歴史の解釈を巡る戦……だっけ」
「実際は刀に自ら戦う力を与え、時を遡り、歴史に直接介入する戦いだった」
「時を遡るって、そんなことできるわけ……」

 生物学上ありえない何かの実在は経験上理解できても、時間旅行やっぱり科学的に『ありえない』

「それを可能とする力を有していたのが審神者(さにわ)なるものだ。
眠っている物の想い、心を目覚めさせ、自ら戦う力を与え、振るわせる、技を持つ者。
使いようによっては時を遡ることも、強靭な兵力を従えることもできた」

 聞けば聞くほど『信じられない』って気持ちが泉のように湧き起こるから、それを『信じたい』で塗り変えるのに忙しい。

「太刀だった私は、審神者である主によって呼び醒まされ、刀剣男士として自ら戦う力を与えられ、歴史を巡る戦いに参加した」
「二百年前の人を探してるってことは、さにわっていう人も、せんせいみたいに『人間じゃない何か』なの?」
「主は人間だよ。少なくとも二百年前は人間でいらっしゃったし、生まれ変わって、きっと今生でも人間でいらっしゃる」
「どうしてそう思うの?」

 生まれ変わりなんて初めて聞いた。生まれ変わったというひとに出会ったのも初めてだ。
 人は死ぬとデータが引き継がれて次の人生が始まるものだというなら、前世を覚えている人がもっとたくさんいるはずだ。
 せんせいが特殊な例だというなら、せんせいの主もそうである保証はない。

「歴史を巡る戦いで目覚ましい功績を挙げた者は、報奨として時の政府から最大限の褒美を賜ることができた。
 数十年間、生涯をかけて任務に貢献した主がお望みになったのは、輪廻転生し、生まれ変わった後のことだった。
 次の生に刀剣男士を供として連れ立つ権利を望んで、時の政府の用意できる報奨の候補品の中から『転生の妙薬』と『縁結びの結い紐』をお選びになった」

 昔の話をする一期せんせいはまるで別人みたいで、主のことを語る様子はどこか誇らしげで、お伽話を聞いている心地だった。

「『転生の妙薬』は刀剣男士を人として輪廻転生に組み込む薬。
『縁結びの結い紐』は、他生の縁を結ぶ紐。 結んで黄泉へ向かえば、似た在り方のまま、来世で必ず巡り合うことができるという品だった」

「……わかった。そのお供っていうのが、一期せんせいなんだね」
「そう。私と、他の幾名かの刀剣男士は主と同じ色の紐を髪に結つけ、転生の妙薬を飲んだ。
 そして二百年の時を経て人間として生まれ出たからには、縁(えにし)ある主も、おそらく人間としてこの世のどこかにいるのだと思う」

 転生の妙薬と言えば聞こえはいいが、それはある種の毒薬じゃないのか。
 人間には寿命があっても、刀だった一期せんせいには寿命なんてなかったのに、主という人の死に付き合って、心中したのか。
 刀をやめて、一度死んで、人間になれだなんて、身勝手で傲慢な命令だ。
 千年もの間、刀として存在し、たくさんの主人がいたのに、たった一人のために自分の存在を変えるなんて、受け入れがたいように思える。

「せんせいはそれでよかったの? 千年も刀だったのに、人間になれなんて、その主って人、勝手じゃない?」

 私が顔を顰めると、一期せんせいは愉快そうに頬を緩める。

「寂しがり屋な御方だったから。『一人じゃ嫌だ、一緒に生きてほしい』と言われれば、否を唱えたいとは思わなかったな。
 それに、人の生とはどんなものか、興味もあった。同じ立場で生きてみたいと思ったんだ」

 せんせいは幸せそうに話してるから、それならまぁ、いいのかな……。

「主って人の、手がかりとかは?」
「今の私の容姿には刀剣男士だった名残が多い。通名も昔のものを名乗っているから、お会いすればすぐわかる。わかってくださる。
……そう思っていたが、十年も二十年も、待てど暮らせど兆候すらなかった
 縁結びがたしかなら、自然に巡り合うことができるはずなんだが……。
 当時の記録や知識も秘匿されていたから、主を探すため、時の政府に連絡を取ったんだ」

 時の政府は機密主義だから加入するのは容易なことではないが、刀剣男士だった前世の知識と経験を買われ、前世の報奨の続きとして、機密に触れることを許されたのだと言う。

「そうしてわかったことだが、正当な歴史を巡る戦いの後、同じ争いが二度と起こらぬよう、時の政府は、審神者の技と知識を根絶する政策を行っていた。
 審神者の才を持つ血統は厳密に管理され、技を身につける修行には政府の認可が必要となり、仏教や神道における霊的な知識にも広く箝口令が敷かれ、やがて廃れた。
 だから今では、藤森のように、霊的な存在を感じ取り、魂の本質を極めることができる審神者の才能を持つ者は極稀なんだ」

「……私?」

「そう。防犯銃の使用履歴と医師の診断から、藤森は審神者の才を持つ可能性があると政府に判断された。私はそれを確かめるためにこの学校に赴任したんだ。
 人でない、霊的な存在を日頃から感じているだけでなく、人間として生きている私の魂の本質を刀だと言い当てたのは、単なる霊感でない。間違いなく、審神者の素質だ」

 時を遡れるとか、刀に人の形を与えられるとか、さんざん凄いものだと思わせられた後に、その才能が自分にもあると聞かされてびっくりした。
 忌々しいばかりだったあの感覚は、才能の原石だったのか……?

「でも、うちの親は私の言うことわかってくれないし、さにわの話だって聞いたことないよ」

 病院で散々検査したり原因を調べたりしたんだから、審神者の血を引いてるなら遺伝子とかでわかりそうなものだ。

「審神者の技は修行で身につけるが、その才は血統に宿る。
 そして時の政府の調査によると、藤森が審神者の血統という可能性は皆無と言っていいこともわかった」
「突然変異とかで、さにわの才能があるっていうのはありえることなの?」
「少なくとも戦後の記録にはない。
……けれど、通常の遺伝とは違うものなら。
その才が血統でなく魂魄によって引き継がれたものなら。
ーー主が生まれ変わっていたら、その容姿はきっと藤森によく似ているんだ」

 人として生まれているはずの、せんせいの主だった、審神者。

「私……? でも、自覚ない。そんなの覚えてないよ」
「人は転生すると前世のことは忘れてしまうものなのかもしれない」
「じゃあなんでせんせいは覚えてるの」
「私は人じゃなかったからかな」
「そんな……」

 人になれと言われたのに、人じゃなかったから、記憶が残っている。
 その魂には刀の気配が残っているから不完全な転生なのかもしれない。
 人になれと命じた本人は何もかも忘れている。
 不条理で、身勝手で、可哀想で、申し訳なくて、言葉をなくした。

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