心操くんと嘘判定少女



「藤森真珠です。個性は触角が嘘に反応します。傍で大嘘吐かれるとわかるんで気をつけてください」

自己紹介で個性を喋ることは強制されてない。
“個性”というからには当人を示すわかりやすい特徴であることが多いけど、
ヒーロー科なら自分の手の内を全部は明かさないって選択も必要だし、普通科在籍の個性は大概たかが知れている。
個性を人に自慢できるのは恵まれた者の特権だ。
わざわざ言うほどの個性じゃないとか、言いたくないって場合もある。
現に、

「うげぇ……もう教室じゃ嘘つけねーな」
「嘘つくつもりだったのかよ」
「冗談とかあんだろ」
「あー、そういうちょっとした嘘も禁止は白けるなー」

こんなふうにヒソヒソされたりするのだ。
人に歓迎される個性じゃないのはわかってるし、隠したければ個性は頭に触角が生えてることです、だけでも十分通じる。
けれど、卒業まで隠し通せるものでもないし、先に宣言しておかなければ後で絶対にも面倒なことになる。
私の個性を知らずに、私の前で、バレて困る嘘を吐かれると自分も相手も傷つくことになるのだ。
勝手に監視カメラを設置されたような気分になるらしい。

「犯人探しの必要があるようなとき以外はわざわざ人の真偽にかかわったりしません」

隣人として厄介な個性だと言われても、恥じる必要はない。
欺瞞を暴けるというのは社会的にとても有用な個性だ。
ヒーローとして敵を捕まえることはできなくても、取り調べでなら捜査に貢献できる。
将来は警察官や検察官になろうと思っている。

刺々しい最後になったけど言いたいことを言ったので席に座る。
次の順番は隣の列の先頭だ。
逆立った髪の男の子が立ち上がって振り向く。
目が合った、気がした。

「心操人使。個性は――洗脳。返事した相手を操れる。将来はヒーローになる。……以上」

教室内がしぃんと静まり返った。
普通科にそぐわない、あまりにも強力な個性に気圧されたのだ。
思わず「もし自分が洗脳されたら」なんて想像をしたのは私だけじゃないだろう。
宣言することにメリットが見当たらない。
黙っておいたほうが得策な部類の個性だ。
完全に隠し通せってわけじゃないけど、第一印象から刷り込むことはない。
やましいことがないからこそ、無駄に周囲の不安を煽らないために隠しておけばいいのに。

やらした私が言うのもなんだけど、
平穏な学園生活を送る気がないのだろうか?
普通に生活してたらワルイコトでもしなきゃ使う機会がないと思うのだけど――
ああでも、ヒーローになるなら、積極的に使っていくのかな。
ヒーローとして敵に対抗するにはとても有用な個性だ。

敵を洗脳して内情を暴露させることもできるなら、私の取り調べ要らずじゃないか……。
もしかして私の上位互換?
ヒーローで、取り調べもできるなんて、羨ましい存在になりそうだ。

「洗脳とか、怖え」
「悪いことし放題だよな。羨ましいー」
「将来有望だな」

驚愕の波が過ぎて、ひそひそという漣が戻る。
ヒーローを目指しているんなら悪いことなんてするはずないじゃないか、と反論したくなったけど、ヒーローとはなんぞやの精神を説くのはヒーロー科でやれと言われそうだ。
ここは普通科。一般大衆は観客でしかない。

出る杭は打たれるかもなんて、心配すること自体、私も普通科の発想か。
ヒーローを目指すなら出すぎる杭になるくらいじゃないとやっていけないよなぁ。

私も子供の頃、諦めてしまう前はヒーローになりたかった。
彼の個性はヒーロー科の入試でアダになったのだろう。
でも、まだ諦めてない。
堂々と目指す姿を、密かに応援したくなった。

 *
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 *
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ホームルームが終わると心操くんは、周囲が話しかけようとするのも振り切って、つかつかと私の席までやってきた。
ドンッと机に手を置いたから、教室中の注目を浴びる。
そして私を睨みつけるようにして、宣言する。

「俺は自分の能力を悪用したことはないし、これからもしない」

彼は、心操人使くんは、高らかに宣った。
私の個性を利用しようとしているんだと気づいた。
彼の、ヒーローらしい真っ当な精神に触れて、自分の個性が嫌がらせ以外にも役に立てることがわかって、じぃんと胸が熱くなった。
触角はぴんと張りつめて、真実だと告げている。

「うん。君は嘘をついてないね」

私も宣言のつもりで、教室中に聞こえるように返事をした。
もしかしたら彼は私の自己紹介を聞いて、最初からこうするつもりで個性を喋ったのかもしれない。

そういえば、心操くんの個性「洗脳」の印象が強すぎて、
私の「嘘検知」を厭う教室の雰囲気が霧散してしまった気がする。
助かった。
……初日から、ヒーローだなぁ。

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