さにヒロ


2205年。
世界の総人口の約八割が何らかの特異体質を持つ時代。
その”個性”によって犯罪者(ヴィラン)を倒し活躍するヒーローが尊敬される時代――。

初対面の相手を把握したかったらまず「どんな個性を持っているか」聞くなんて当たり前だし、
その質問に答えらない気まずさは何百回と味わってきた。

「でもさ、真珠は無個性じゃないはずなんでしょ?」

そう聞いてきた子の個性は花を咲かすこと。文字通り華やかで美しい。

「一応、足の小指の関節はないんだけどね」

“個性”の発現は人類の進化の結果だ。
足の小指の関節が2つ、または1つでも残っていれば、進化に取り残された旧型人類ってことになるんだけど、私は関節がないから新型人類に含まれる。そのはずだ。

「もうこの歳まで個性がわからなかったし、本当は旧型なのかも。もしくは、個性を持たない新型の新型?」

個性は本来なら4歳までに発現するものだ。
そろそろ高校受験を考えなきゃいけない私は、個性を発現できるならもう持っているはずなのだ。
磁石の個性なら金属が近くにないとわからないように、条件を満たさなきゃ発現しない個性なのかもしれないと思って、思いつく限りの条件を試してきたけど、駄目だった。
ほとんどの人が両親の個性やその複合型個性を引き継ぐ。
祖父母の代まで辿って発現の真似事をしてみたり、メジャーな個性はもちろん、マイナーな個性も調べられる限り調べて試したけど、うんともすんとも言わない。

「ヒーロー科に憧れはあるけど、私は一般科だなぁ」

どこにあるかわからない、存在するかどうかもわからないものを追い求め続けることに疲れてしまった。
架空の夢なんて追いかけずに、もっと早く諦めればよかったのだ。
もしも私に何か個性が見つかったとしても、ものすごくくだらないものかもしれない。
華やかなあの子たちとは違う――。

「そっか、同じ高校受けたかったのにな」
「ごめんね」

私も、とても残念だ。

 * * *

「藤森真珠だな」

極秘任務中だと言うヒーローに拉致されたのは、その帰り道、友人と別れた後だった。
「抹消ヒーロー」イレイザー・ヘッド。
マイナーな上に無愛想。身分証を見せてもらわなかったら大声で叫んでいたところだ。

「それで、何の用ですか?」
「政府の要人からのお達しだ。ついてこい。悪いようにはしない」
「政府って……」

言葉少なに説明されて車に乗るよう促される。
用件がまったく想像つかなかったけど、あまりに大きな存在に、逆らうとか逃げ出す勇気もなく、不気味な想像がぐるぐると巡る。
イレイザー・ヘッドにいろいろと質問しても「相手方に聞け」と言われるだけだった。
私が悪いことをしたわけじゃないことと、車がとあるヒーロー事務所のオフィスに向かっていることは、わかった。
逆が自分の個性を知らないこと、様々な条件を試してもわからずじまいだったことを説明させられた。

 * * *

オフィスに通されると、そこには「政府の要人」が5人も待ち構えていた。
明らかに老獪な男だけでなく、年若い――おそらく凄まじい個性で取り立てられたと思われる少年と青年も、いた。
それから、何故か日本刀が台座に載って5本も並べて置いてあった。誰かの武器だろうか?
ヒーローなら武器の保持もかなり広く認められているはずだ。

車の中でイレイザー・ヘッドに聞かれたようなことをその場で聞かれ、
私の回答にイレイザー・ヘッドが補足したりして、
大人たちが「可能性はかなり高い」と頷き合うのを、よくわからないまま見つめる。
誰かの個性の実験だろうか。無個性に対して行いたいとか?

「どれでもいいから、ここにある刀を一つ持ってみてほしい」
「……はい」

偉そうな人たちが語り合っている空気にすっかり萎縮してしまったし、言われるままに頷く。
刀の構え方なんてわからないけど適当でいいんだろうか?
近くで見てみると、細部までかなり美しい。まるで美術品だ。模造刀だとは思えないし、歴史あるものなんだろう。

美しさに魅入られたのか、心臓の奥がとくんと鳴り、徐々に早まって、やがてドクドクと脈打つ。
まるで得体のしれない深淵に見つめられたような緊張感が身に宿った。
いとしくてうらめしくてなつかしくてくるしくてうれしくてたまらないような、
なぜ初めて見る刀にこんな感情が湧き立つのだろう。

柄にそっと触れて、確信した。
――この刀には魂が宿っているのだ。
まだ眠っているようなのに、触れた指から、その鼓動が明確に伝わってくるようだった。
流れこんでくる想いが、熱い。

「この刀はどういうものなんですか」

誰かの個性によって作られたのかと聞きたかった。
問う声はすっかり涙がかって、私は、自分が泣いていることに気づいた。
刀に宿る魂に共鳴したかのように、心が震えている。

「そこにある刀はどれも国宝級の名刀だ。が、凄いのは刀じゃなくて、それを目覚めさせることができる者――審神者(さにわ)だ」
「審神者?」
「古くは、人や者に宿る魂を見極めることができる者。そして個性として発現した審神者は、刀に宿る付喪神を現世に呼び起こさせ、人の形を取らせて戦うことができる」
「……それが、私だと?」

話の流れから、なぜここに連れてこられたのかはわかった。
審神者という個性があること自体は、私が調べた範囲には引っかからなかったけど、すごくマイナーでレアな個性だとして、受け入れよう。
たしかに刀に触れたときに魂のようなものを感じたけど、それはこの刀が凄いからに決まってる。
人や者に宿る魂だなんて今まで感じたことがない。
――日本刀に触れたのは、そりゃ、たしかに初めてだったけど。

「たしかに刀に魂みたいなものを感じたりはしましたけど、それはこの刀の本来の実力だと思います」
「我々が触れてもそのようなことはわからないんだよ」
「――でも、人の形を取らせる?とか、想像もできないし」
「初めて発現した個性を十全に使いこなすのは困難だろう。ましてや、君は審神者の作法も覚えていないのだから」
「でも、……だって、そんな」

この刀は生きている。
それを目覚めさせることができるのは私だけ。
急に、見ず知らずの生き物の生死与奪を握ったようで、背筋がひんやりと凍った。

「突然のことに混乱するのは無理もない。しかし我々の調べで審神者の血筋にあたり、いまだ個性が判明していないのは君が最後だ」
「審神者の血筋? そんなの聞いたことないですけど」
「”超常"黎明期よりも遥か前に遡った話だ。だから迎えが遅くなった」
「そもそも、私以外にも審神者の人がいるんですか? いたんですか? そんな個性、聞いたことないんですけど…………」

何件も確認されている個性なら、調べれば出てきそうなものだ。
条件限定系の個性を積極的に探してたのだから、「日本刀」だって引っかかってもいい気がするけど。

「――ここからは政府のトップシークレットだ」

声を落とされて、迂闊な質問をした自分を呪った。
あ、もういいです。聞かないで帰ります。と言える雰囲気ではなかった。

「君以外の審神者には、"歴史修正主義者”を名乗り、過去への攻撃を行おうとしている者がいる」
「過去への攻撃?」

ああ。質問しないようにと思っていたのに、つい口に出てしまった。
だって突拍子もない話が次から次へと出てくるのだ。ツッコまずにはやってられない。

「歴史の改変だ。すでに歴史書に不自然な空白や記載ができているのが確認されている。
過去と今は長く弛んだ綱で繋がっているようなもの。過去が変われば歴史が変わり、その変化が大きければ現代にも影響が出る。
今はまだ、大きな影響は出ていないが――このまま放置していれば、世界が書き換わる」
「はっ……」

あまりにスケール違いの話に、いっそ笑い飛ばしたくなる。

「そもそも歴史を変えるなんて、さすがに無理でしょう」
「たとえばここにいる彼が”発明”の個性で製作した『付喪神を過去に送り込める装置』がある。いわゆるタイムマシンだ。歴史修正主義者たちも同じような装置を持っているのだろう」
「なんでそんな限定的なんですかっ!?」
「人間は歴史を記憶として知ってるわけじゃないが、刀は歴史の記憶を持っている。だから時代を特定しやすいんだ」

わかるようなわからないような……だが、すごい個性ほど残念なデメリットが存在しているというのも往々にあることなので、しょうがないのだろう。

「この発明と君の個性を組み合わせれば、刀に眠る魂を目覚めさせ、自ら戦う力を得た"刀剣男士”を過去に送り、歴史の改変を阻止することができる」

次々に並べ立てられる情報はどれもこれも信じられないし、突拍子もない。
それなのに、胸の奥にすとんと落ちた納得も少なからずあって、
とんでもなく厄介で恐ろしいことに巻き込まれているのに、

「君を探していたんだ」

真摯な目で見据えられて、ずっと欲しかった言葉を贈られて、
――ああ、私はもう無個性でも無価値でもないのかもしれないと、そう思った。

奇跡って、信じてもいいものだったんだ。

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