ひらり、ひらひら


急逝した祖父から審神者の任を引き継いでから、未熟を痛感してばかりいる。
刀剣男士として戦ってくれる彼らの魂を心として目覚めさせたのは私たちなのに、
変えてはいけない歴史は彼らを檻に囚えたままなのだ。

私を見ない彼らに、主として命じることがどれほど虚しくてやるせないか。
感謝も敬意も謝罪も慰めも、言葉はいつだって彼らの芯まで届かない。
届かないから、飲み込むことを覚えた。
涙も言葉も、自室でしか漏れない嗚咽になる。

その自室――奥の間のふすまが、突然すぱーん と 小気味良い音を立てて開いたものだから、びっくりして顔を上げる。
何事かと思ったら、遠征に行ってるはずの鶴丸国永が私を見て穏やかに微笑んでいた。

「浮かない顔して、どうした?」

ああ、もう。
帰還の報告をしにきたんだろうってことはわかる。
突然の登場で私を驚かせたくて、部屋の前まで足音を殺していたんだろうか。
すすり泣きの声が聞こえていたかもしれないのに、みっともないくらい泣き濡れた顔を見せたのに、いつもと同じ調子で話しかけてくれる人に、どうしようもなく胸が熱くなった。
数日ぶりにその声を聞いただけで、その表情を見ただけで、重石が外れたようだった。

「つるまるさん……」

彼が私のところに来てくれたときから、その気性に何度も救われてきた。
いつだって頼ってばかりで、不甲斐なくて申し訳なくて、鶴丸さんが遠征でいなくても大丈夫だって証明したかったのに、駄目だった。

「聞いて、くれますか?」

私は審神者なのに、彼らの主なのに、またこんなに甘えてしまう。
栓をしていた愚痴や弱音は一度溢れたら止まらなくなりそうだ。
でも、だって、鶴丸さんが甘やかし上手だからいけないのだ。
柔らかな笑みで「ほら」と両手を広げられたら、その胸に飛び込んでいくに決まってるじゃないか。

縋りつくようにぎゅっと抱きしめたら、見た目以上に鍛えられた体の感触とあたたかな体温を感じる――はず、だった。

むにゅ、とクッションのように柔らかい抱き心地。
手や頬に触れるファーの感触。
自立せず、重力に従って落ちそうになるのを追う。
人にしてはずいぶん軽い――。

「ぬいぐるみ……?」
「はははっ! 驚いたか? 帰りに買ってきたんだ」

あまりのことに言葉も出なくて、へたり込んでだまま、大きなぬいぐるみを抱きしめる。
最近話題の、私も好きな、間抜け顔のゆるキャラだ。
知っててくれて、思い出してくれて、わざわざ用意してくれて、こんなふうに渡してくれる。
どうしてこの人はいちいち私の弱いところがわかるんだろう。

「驚きますよ。本当に、驚きましたよ……!」
「そりゃよかった」

湿っぽい気持ちが引っ込んでしまうくらい心が温かくなった。
もう悲しくないのに、胸の奥がぎゅっと痛んで、目元が熱を帯びて潤む。

ぽんっと頭に手を置かれて、優しく撫でられる。慰めるような手つき。
座り込んだ私と視線を合わせるようにしゃがんでから、
「涙も引っ込んだか?」
と言われて、もうきっと一生敵わないことを悟る。

「ま、俺で良けりゃいつでも胸は貸してやるよ」
「……貸してくれてないじゃないですか」

なんでもかんでも思惑通りというのが恥ずかしくて、少しの憎まれ口をきく。
でも、そんなささやかな抵抗は彼の余裕の笑みを深めるだけだった。

「そりゃ失礼。主様――いや、真珠」

ただでさえ、名前で呼ばれるのは初めてだっていうのに、
わざわざ最後だけ耳元で囁くものだから、
意識が追いつくよりも先に、言葉にならない悲鳴が迸る。
今、自分がどれだけみっともなく朱に染まっているのか、考えたくもない。

「ばか……! もうっ!」
「ははっ、悪い悪い」

悪戯が成功して上機嫌な様子は憎めない。
それどころか、感情のやり場に困るくらい愛しくてたまらなかった。

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