何者にもなれない、ならない


「負け、ました……」

じっと盤上を睨んでいた視線をようやく伏せる。
何十通りも考えた道筋はすべて塞がれてしまって、もう、光が見えない。
くやしくてくやしくて、目の前が湿っぽく滲む。
ボロボロと汚く頬が濡れるのを留めることができない。

赤司くんに負けるのはこれで二度目だ。
文化祭で敗北を味わったときは何かの間違いだと思って、事実を受け入れられなかった。
そしてその対局を必死で検討して、考察して、対策して、勉強しなおして、万全の体調で今日、挑んだのだ。
ぐうの音も出ない。言い訳のしようもない、完全な敗北。

「ごめっ、なさい」

勝手に挑んで、時間を作ってもらって、わかってたとおり惨めに負けて、その上涙を流すめんどくさい女に、
赤司くんはどんな目を向けているのだろう。
視界がぐちゃぐちゃで確認もできない。
彼は立ち去ろうとするでもなく、穏やかに声をかけた。

「藤森はプロを目指してるの」

ぐっと喉が押し詰まるような音がした。
この、今、このタイミングで聞かれるにはあまりにも痛い質問だ。
こんな実力で棋士になるつもりかと、内心でも思われるのが嫌で。
ああ違うんだ、奨励会の成績はむしろ上がっているんだと、たった今負けたからには言い訳もできなくて。

百回対局して百回負けるとまでは思わないけど、たった一回だって、
同い年の”素人”に負けたという事実を許容できない。
これで赤司くんが過去に奨励会にいただとか、高名な棋士に師事していただとか、そんな「負けたのもしかたない」と思える都合のいい事実があったらどんなに心が楽だろう。調べた限り、そんなものはなかった。
赤司くん本人も祖父に教わった程度の趣味だと言っていた。

私には将棋しかないのに。
"私には将棋がある”と思うのは、ただでさえ勇気のいることなのに。
赤司くんは全国区のバスケ部の主将で、十年に一人レベルの天才とかで、すごい家の生まれで、勉強だって学年一位で。文系なのに医学部目指している子よりも理系科目ができたりして。ファンクラブがあって、赤司様で、街を歩けば声をかけられるくらい美形で。
こんなに何もかも持っている人の、趣味の一つに、遊びに、負けてしまった……。

途方もない敗北感と劣等感、挫折感に苛まれる。
それでも、「プロを目指してない」だなんて、口が曲がったって言えない。
「無理だ」「やめなさい」と説き続ける親に反抗し続けて、保険のような進学を条件に勝ち取った道なのだ。
誰に否定されたって私だけでも肯定し続けなきゃ、終わってしまう道だから。
自分の心をごまかして、嘘をつくわけにはいかなかった。

肯定のために、コクリと頷く。
ほんとうにプロに――棋士になるのなら、こんなところでつまずいていられない。
『才能』という言葉が、脳で湧いて胸で泡立ち視界を埋め尽くしてうるさいけれど、そんなことはとっくの昔にわかっていた。
持つ者と持たざる者。神様に与えられたギフトは質も量も違う。
努力なしに高みに上る人、少しの努力で億の成果を上げる人、努力に裏切られない人、努力に反して成果が微笑まない人。
才能がなくても環境に恵まれる人。環境に恵まれなくても才能がある人。どちらもない人。
自分がどれだか分類することが道を諦める理由になるなら、疑う時間もないくらいの努力を。

「なんで洛山みたいな進学校に?」

それは、学業に勤しんでる暇があったら腕を上げろという意味だろうか――なんて穿ち過ぎだろうか。
負傷したての劣等感は生々しく脈を打つ。

「中学のとき、もう将棋はやめろって言ってきた親を納得させるためと、奨学金取って大学まで行けって言われてるから勉強を授業時間内で済ませるため。授業外の時間は将棋に当てたいから、塾代わり。部活が活発な分、公欠も取りやすいし」

さっさとプロになることができていれば、両親だって二足の草鞋を履かせようとはしなかったかもしれない。
成果が出なくて、それでも諦めきれなくて、"無駄な時間”で"将来の保険"を買って。
ずっと中途半端な自分が嫌だった。
一日中の将棋のことを考えられる友達が羨ましくて、私もそうだったらもっと上達できるのに、って思っていた。
――赤司くんを目の前にすると、どれだけ愚かな発想だったかわかる。
私の持ち物は私の結果でしかない。

「ほんとうは、高校に通うの嫌だった。無駄な時間だって思ってた。
でも、校内にこんな強い人がいると思わなかった。……将棋部じゃないのが不思議だけど」

ボロ負けしてしまったけど、この対局は無駄じゃないって伝えたい。
校内で本気の将棋ができたことも、素人にこてんぱんに打ち負けたこの敗北感も、きっとかけがえのないものだ。

「藤森だって将棋部じゃないだろう」
「うん、まあ、それは。……赤司くんはバスケでプロになるの?」

将棋でプロを目指していると言われるほうが私の精神衛生的にはよいのだけど、
部活で将棋よりバスケを選んだというならそういうことなのかもしれない、と思った。
子供の頃、なんにでもなれる可能性を秘めていたって、私たちは"何もかも"になることはできない。
何かになるってことは、他の何かにならないってことだ。
洛山のバスケ部は歴代、NBAの選手だって輩出している。
特に今年の高校バスケ選手は全国的にも豊作で、洛山は夏のインターハイで優勝もしている。

「いや、高校卒業したら、バスケは趣味の一つになると思う」

"もったいない”という言葉が喉を迫り上がってきて、ぐっと飲み込む。
輝かしいこの人が、どうしようもなく眩しくて、妬みそうになるけれど。
なぜだか、「奨励会に通うのは高校で最後にしなさい」と言ってきた親の言葉と被って聞こえた。

「そうなんだ。じゃあ進学? 赤司くんの成績だったらどこでも目指せそう。医学部でも法学部でも」
「大学はまだ決めてないけど、海外で経営を学ぶことになると思う」
「……将来は、何になるの」
「実家の事業を継ぐ」

予定を告げるような揺らぎなさは、それが選択肢でなく既定路線なのだと察するのに十分だった。

「それは、前から決まっていたことなの?」

夕日に照らされた彼は、少しさみしそうに見えた。

「俺はね、バスケットボールプレイヤーにも将棋の棋士にもチェスプレイヤーにも競馬の騎手にも医者にも裁判官にも教師にも研究者にも憧れたことはあるけど、志望するわけじゃない。
よく、『勿体無い』とか『何でも持ってる』とか言われるから贅沢な悩みなんだろうけど……。
ご両親を説得してプロを目指してる藤森にどう見えるかわからないけど、”何にでもなれるわけじゃない”なんて、子供の頃からわかってた」
「私、……」

勿体無い。あなたは何でも持っているのに。
飲み込んだその言葉は、とっくに彼に届いていた。
彼にとって言われ慣れた言葉だった。

諦めなきゃいいのに と言うことも思うことも簡単だ。
趣味で十分ならそれでいいじゃないかなんて口が裂けても言えない。
時間の使い方も、人生の使い道も、有限だ。
選ぶ道が最初から決まっているのなら、選ばない可能性だけが無数にあることは贅沢だろうか?
何もかも捨てなきゃ手に入らないものなら、いくつも選べない。
選んだ分だけ、選ばなかった道が死んでいく。

人は、なれるものにしかなれない。
なれなかったものに、気軽に魔法のコンパクトで変身できるわけじゃない。
あなたには何にでもなれる才能があって。
あなたのことを、なんでも持っている人と言うひとがいて。
それでも、本当になりたい何者かにはなれないのかもしれない。
プロのバスケ選手を目指すチームメイトを羨ましく思っていたりするのかもしれない。

選んだ茨の道の先は、行き止まりかもしれない。
一生、何者にもなれないのかもしれない。
でも、選ばないと、進まないと、絶対に辿り着かない。

「私、私は――……棋士に、なるよ。
いつか、赤司くんに、"藤森真珠に勝ったことがある”って自慢にさせてみせるよ」

この素晴らしい人も辿ったことのない道を、私が選んで、進もう。

「そうか。楽しみだな」

赤司くんはとても綺麗に微笑んだ。

( Do your success. )


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