ここは楽園ではない


私は、多くの凡人がそうであるように、自分を特別な人間だと思っていた。

きっかけはこの視界に映る世界が他人のそれと違うらしいと気づいたことだった。
人の背景に咲き誇る光の花。蕾も咲いた花も入り混じって、その人の個性を示す。
そんな当たり前のものが、他の誰にも見えないらしいと知った。
友達に視界を彩る花の話をすると「少女漫画の背景みたいだね」と表現された。
まさにそのとおりだ。あの効果表現を考えた人は私と同じものが見えていたんだろう。
逆に、みんなにはそう見えていないのかと驚いてしまった。


小学生の頃は視界に何が見えるのかを包み隠さず喋っていた。
霊感みたいな扱いを受けたけど、おおっぴらに占いをしていたようなものだ。
同じ種類の花を持つ子、色合いの差、成長具合の差。
それは才能の花。
すなわち人の素質が視覚化されたものなのだと徐々に自覚していった。
オーラと呼ぶべきなのか共感覚というやつなのか、今でも決めかねている。
水を待つ蕾や萎びた花に対応するものをずばり言い当てたりして、占いの評判は悪くなかった。

人は多種多様な才能をたくさん抱えている。
俊足の才能、水泳の才能、暗記の才能、折り紙の才能……。
大きさも種類も色も量も咲き方も人によって違う。
それぞれが花であり、光であり、その才能が発揮されるときには反応する。
どの種類の花がなんの才能に当たるのかは経験則だ。


当時、同じクラスにはひときわ背景に眩しい効果を纏った虹村修造という男子がいた。
粗暴で好きな女の子をいじめて泣かせてしまうタイプのガキ大将。
一方で抜群の運動神経と清廉な容貌の持ち主。度量の大きさと面倒見の良さからも人望があり、好きな男子としてもよく名前が挙がった。つまり人気者だった。
色とりどり鮮やかに光り輝くその様は、私には少女漫画のヒーローそのものに見えていた。

交流らしい交流といえば占ったことと、修造は私の親友のことが好きな時期があり、よくちょっかいを出しにきていたのだが、隣のクラスの美少女に告白されて付き合い始めるとそれも止んだ。
ちなみに二ヶ月ほど付き合って、卒業前に別れたのを噂で聞いた。
図らずも同じ私立中学に進んだが、クラスも違うし、それきり。の、はずだった。


廊下で修造に声をかけられたのは、毎日なんとなく過ぎていく中学生活にどうしようもなく慣れてしまった頃だった。

久しぶりに正面から見た修造はますます眩かった。
小学生の頃から続けているバスケで活躍し、凛と美しい大輪の才能をいくつも咲かせているのだ。
威風堂々と羽を広げるような花びらがみずみずしく、蕾も含めて百花繚乱。名前通り虹色の男だ。極彩色の孔雀にも似ている。

帝光中のバスケ部は強豪で、眩しい人ばかりなのだけど、修造は頭一つ抜けている。
私の見立ては正しいらしく、一軍でレギュラーで大活躍し、来年度の主将にも指名されたらしい。


「どうしたの? "虹村くん"」
「あー……。占ってほしいんだが」

それが本題なのか導入の話題なのかわからないが、
見えているものを言葉にするだけならいくらでもできる。

「いいよ。ええと……一番大きく咲いてるのは『バスケの才能』かな。修造のバスケの才能は清廉で潔白な大輪の白百合に似てる。これくらい大きくて眩しい花。明るさは一等星。七分咲き。
『勝負強さ』は十分咲き。八分咲きは『統率力』『命中』『反射神経』『不屈さ』『遠投』『持久力』『跳躍力』『協調性』『柔軟さ』……。 この色の蕾は『暗記』……? 『俊足』は六分咲きだからまだ伸びる。他にも六分咲きの花がいくつか。見たことないのも多い。バスケ関連かな?
ちょっと負荷かけすぎっぽいのはこれ、なんの花だろう? たぶん手首とか……手の関係だと思うんだけど。あとは……」

なにしろ数が多いし、どれが何の特徴を示すのか間違ったことを言わないよう記憶を辿りながらになる。
手首、と言ったとき、修造はぴくっと反応した。思い当たるフシがあったらしい。
黙っているのは、占い結果に耳を傾けているようでもあり、占う私を観察しているようでもあった。

「初対面の相手でもそんくらいわかんのか?」
「見るだけならできるよ。どれが何に当たるのかは知らないとわからない」
「なんの素質があるかだけじゃなく、一番素質ある奴を探すのは?」
「種類を指定してくれれば、見ることはできるね」
「……あのよ、バスケ部のマネージャーやらねーか」
「はい?」


そもそもは、全中が悔しい結果に終わり、変化を欲して来年度の方針を監督と話し合っていたことにあり、
修造が同級生である私の視界――才能を見分けられることについて――監督にポロッと喋ったことが発端らしい。
白金監督はその能力が本当なら部に役立つのではないかと考えた。
帝光は勝利が義務だが、同じ学年に木吉・花宮・実渕・葉山・根武谷という五人の天才がいることで、来年以降の安定した勝利のために有望な選手を効率的に見分け・育てることが不可欠でなのだ。

スカウト業において、バスケのプレイ中でなくともその人を一目見ればどんな素質がどれほどあるかわかるというのは強力なアドバンテージなのだ。
黙っていても帝光バスケ部には多くの部員が集まってくるし監督も探すが、優秀な選手を獲得する確率を少しでも上げたいのだと言う。
マネージャーじゃなくても、その目を貸してほしい、部員の資質を解析してほしい、監督に一度会ってほしいと願われた。

修造を支える、修造の後輩を私が見つける――。
それはとっても素敵なことに思えた。彼は私にとって一番星だった。
人気者に頼られたことが嬉しい。自分の能力を買われたことも嬉しい。
来年こそは最後まで勝ちたい、再来年も今以上のチームにしたいと語られ、その熱意に負けて、承ることにした。


しばらくは普通のマネージャーとして仕事をする傍ら部員を眺めて、気づいたことを後で監督や修造に報告するという感じだった。
余計なことを言われるのが嫌だったので、勝手に才能を格付けていたことは他の部員には内緒だった。

見れば一目でわかると言っても“効果"は写真や映像では見えないので、スカウトには直接見に・会いに行くしかない。
有名な学校、注目を集めている選手を視察に行ったのはもちろん、小学生のバスケのめぼしい大会があれば足を運んで、決勝に残らなかった学校の選手もチェックした。出張費は学校側から出た。


“彼ら"はすれ違っただけで、彗星のような眩しさだった。
こんなに鮮やかな光を放っているのに、固く閉じた蕾が多い。
すでに一流の選手でありながら、その才能が一分咲きにすぎないことに恐ろしささえ感じた。
必死で駆けて追いついて帝光に勧誘する。
幸いなことにバスケの名門に興味はあったそうで、話は聞いてくれた。

青峰くんと灰崎くんはスポーツ特待で、緑間くんと赤司くんも元々受験する予定だったと一般入試で合格した。
元々視野に入れていたことらしいから、私の影響がどれだけあったのかはわからないが、他校に取られる可能性を少しでも減らせたなら上出来だ。
掘れば小判が見つかったような、お手軽な達成感とやりがいを得ていた。


紫原くんを見つけたのは四月。
入学式のチラシ配りで、バレー部と迷っていたのを、意地でも説得して獲得した。
見つけたというか、明らかに目立っていたので目に入るのは当然なのだけど、その強烈なほどの鮮やかさは是が非でも得たかった。

「身長有利なのはバレーでもバスケでも変わんないじゃん」
「そんなことない! 見たところあなたの才能はその恵まれた体格だけじゃなくて機敏さだよ。反射神経、瞬発力、俊敏さ! わかる?」
「俺、どっちかってゆーと足遅いほうだけど」
「ほら! 自分でも知らなかったでしょう? まだ一分咲きだけど、大きな蕾。開花したところを見てみたい。その巨体と機敏さが合わされば最強だよ! 誰にも負けない。バスケにぴったり。バスケ部に入ってくれたら新しい自分を知れるよ。私が保証するから! 」
「ふぅん……。まあどっちでもいーし、バスケ部でいいや」
「本当!? ありがとう!」


彼らがまとめて一軍入りを果たした後には、見出す目<スカウト・アイ>だなんて大袈裟なアダ名がついて、一目置かれるようになった。
『キセキの世代を見出した』なんて言われたけど、私がいなくたって、何もしなくたって、「キセキの世代」は集まっていたように思う。
私の話なんて端から聞かなかった黄瀬くんが入部し一軍入りを果たし、私がバスケに役立つ才能の持ち主だと見なすことができなかった黒子くんが赤司くんが見出されて一軍入りした。

ゆるやかに、私は気づいていった。
この目には他人の才能が色づいて見えるが、
そんなものは平凡な個性・少し変わった特技というだけなのだと。

彼らがついに才能を開花させたとき、あまりの眩しさに目が焼かれるかと思った。
彗星が隕石として落ちてきたらこれくらいだろうか。
大きすぎる花は恐ろしく不気味で、目を塞いだ。

私の目に映る範囲にいても、手が及ぶ範囲ではない。声が届く範囲ではない。
最初から関係なかったんだと念じて、見届けることさえ放棄した。
逃げ出して、ぱたんと扉を閉ざした。
星に手は届かない。



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