繊月セレナーデ



アッシュフォード学園には、最近幽霊が出るらしい。
調理部の材料がいつのまにかなくなっただの、無人で使われるシャワー室だの、廊下で足を掴まれただの、誰もいないのに押されただの。
校内で白いワンピース姿の女の子が一瞬だけ見えて消えたという話もある。
ルルーシュはくだらない噂だと一蹴したが、それでも怯える生徒がおり、尾びれがついて恐怖スポットとされるものも誕生していて、クラブ活動にも支障が出ている。

「それではただいまより、幽霊捜索イベントを開始します!
 最も有力な証拠を見つけた生徒にはなんと! ピザ1年分のチケットと生徒会メンバーから熱いハグをプレゼント! 皆さん準備はいいですか? 幽霊ちゃんと存分に仲良くなってしまいましょう!
 それでは。開始!」

不吉な噂を楽しい行事に変えてしまおうという、ミレイらしい発想だ。
ルルーシュは開会宣言を聞きながら、穏やかではなかった。
勝手に景品にされた生徒会メンバーには自分も入っているし、ピザ一年分という響きに釣られそうな女がいる。
そもそも幽霊騒動自体が、クラブハウスに密かに住み着いているCCも原因の一つという可能性さえある。
参加するな、部屋から出るなと言ってもどうせ聞かない。
生徒に見つからぬよう、CCの動きを見張っていなければならない。

「どこまで行く気だ。宛はあるのか」

迷わずにずんずんと歩んでいくCCを追いかけながら、ルルーシュは問うた。
幸い、方向的に他の生徒と遭遇する可能性はなさそうだ。
CCにしてみても、ルルーシュの名義でピザの権利を手に入れるつもりなのだから、ルルーシュが共に行動するのは都合がいい。
「ルル、どこ行ったんだろう」なんてシャーリーの呟きも聞こえぬ場所に、二人はいた。

「ああ。幽霊らしき影なら見たことがある」

CCに断言されて、ルルーシュは急に薄ら寒く感じた。
迷信だと判断していたが、実在する可能性はあるだろうか。
そういえば、たしかに目撃情報の"幽霊"の外見は、CCと違う点がある。

「お前、怖くないのか」
CCの歩みには迷いがない。
「お前は怖いのか。ああそうか、童貞坊やだったな」
ただでさえ高いプライドを逆撫でされて、ルルーシュは押し黙る。
表には出さないが、いるはずがないと否定する気持ちは、いてほしくないという願いでもあった。





「ほら、あれだ。制服を着ていないだろう?
 ーーお前が幽霊の正体なら、おとなしく私のピザの生贄になってもらう」

北校舎の3階、図書室。
CCが仁王立ちで指さしたのは、澄んだ窓ガラスだった。
傍には誰もいない。カーテンが揺れる。

「……からかってるのか?」 
「はぁ? ーーあぁ、なんだ、そうなのか」

CCは一人芝居のように頷く。少なくともルルーシュにはそう見えた。

「勝手に納得しないで説明しろ」
「こいつはギアスユーザーらしい」
「なっ……」

ルルーシュはあらためて辺りを見渡すが、CCの他には誰もいないし、その光景には違和感も綻びもない。
CCはまるですぐ隣にルルーシュ以外の誰かいるように示して話す。

「しかたないから通訳してやろう。こいつは******。絶対不明のギアスを持ち、それが暴走して常時発動しているらしい」
「何?」 

こいつは、の後の部分がルルーシュには不明瞭に聞こえた。

「絶対不明。他人に認識されないギアスだ」
「違う、その前だ」
「******? そう名乗っている」
「聞き取れないな。それが名前か?」
「そうか、変わった名前でもないんだが。それもギアスのせいらしい。
……見ることも聞くことも感じることも知ることもできない、完全な透明人間。だそうだ。
もっとも、ギアスが効かない私にはただの小娘に見えるが。
映像記録も文字も名前も駄目らしい。愛称でもつけるか?」

ルルーシュには、目の前にいるらしいその女の、窓ガラスに映っているはずの影さえも認識できない。
窓の外には青い空が見える。
これは大脳が想像で補っているとでもいうのだろうか。
たしかに人間の視界には盲点という物も存在する。
……しかし、幽霊の目撃情報はあるのだ。
非常に強力なギアスとはいえ、認識可能な条件があるはずだ。

「そのギアスもお前が与えたのか」
「いや。VVだ。嚮団から逃げてきたらしい。人目を忍ぶのは簡単だったそうだ」
「アッシュフォード学園に潜んだ理由は?」
「ギアスユーザーのゼロに親近感が湧いてついてきた。
同年代の人間が多いから寂しさが紛れた。安全そうだから。だそうだ」

それなら、調理部の食材や弁当のおかずを盗んだのは空腹のためだろうか。
それだけ聞くと哀れにも思うが、同情していい相手かどうかわからない。
姿が全く見えず、表情や雰囲気さえ読めない相手というのは厄介だ。
CCの虚言さえ疑ってしまうが、通訳に飽き飽きしている様子のCCが、わざわざそんな面倒なことをしているようにも見えない。

認識できない相手。敵に回るなら末恐ろしい。
悪意がありそうかどうか確かめたいが、本人がいる前でCCに聞くのも馬鹿らしい。

「そいつの特徴をもっと教えろ」
「そうだな……歳はお前と同じ。背丈は私より少し高い。着ているのは白いワンピース。瞳は金色。髪は……本人曰く夜空色。長さは私の半分ほどだ。髪はほとんど黒だな。本人曰く瞳は月の色らしい。たしかにそう見えなくもない」
「他には?」
「一見儚げで、お前の好きそうなタイプだ。……――本当に感じないのか? お前はさっきから両手で頬を左右にひっぱられているんだぞ」

言われて気づけば、頬がヒリヒリと痛かった。
ルルーシュは、どこを振り払えばいいのかもわからない。

「どこが儚げだって?」
「敵じゃないだけよかったな」
「――本当に敵じゃないのか?」
「本人はそう言っている。
ところで、この場合ピザはどうなるんだ? 私のピザだぞ」
「知らん」

ギアスがかかわっているのなら、幽霊として突き出すわけにもいかない。
結局、アッシュフォード学園の女子制服を着せ、クラブハウスに匿って生活させることになったのだった。



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